M&Aの係争や訴訟はなぜ起きる?売り手が防ぐ5つの契約条項と起きたときの流れ
公開日:2026.11.04
2026.11.04
更新日:2026.11.04
2026.11.04
M&Aの係争や訴訟は、売却後に表明保証や支払い、経営者保証などをめぐって起きます。売り手が訴えられるケースと訴えるケース、仲介会社との争い、防ぐための5つの契約条項、悪質な買い手候補の見極め方、起きたときの手順を解説します。

会社を売ったのに、約束の代金が払われない。経営者保証も外れないまま、買い手と連絡が取れなくなった。M&Aの後に、こうした係争や訴訟に巻き込まれる売り手もいます。M&Aの係争や訴訟は、表明保証や代金の支払い、経営者保証などをめぐって、売却の後に起きることが多いものです。主な原因として、最終契約の内容と買い手候補の選び方が挙げられます。
本記事では、売り手が訴えられるケースと訴えるケースを取り上げたうえで、係争を防ぐための5つの契約条項を解説します。あわせて、悪質な買い手候補を避ける方法と、係争が起きたときの手順を示します。
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M&Aの係争や訴訟とは
M&Aの係争や訴訟とは、M&Aの最終契約の内容や、契約の履行をめぐって、売り手と買い手、あるいは仲介会社などとの間で生じる争いのことです。話し合いで解決できなければ、裁判所での訴訟に発展します。
オーナーズ株式会社が2025年5月にM&Aを経験した経営者に行った調査では、51.8%がM&Aで何らかのトラブルに遭ったと回答しました。トラブルの内容は、経営者保証を解除してもらえない(29.0%)、最終交渉の土壇場で価格の引き下げを求められた(23.5%)、取引後に損害賠償の請求を受けた(19.5%)の順でした。
同じ調査で後悔した点の首位は、契約書の確認と交渉の不足(34.0%)でした。
係争の多くは、最終契約を結ぶ前の準備で防げる可能性があります。売却の前に、どのような争いが起きうるかを知っておきます。
悪質な買い手によるトラブルの手口と回避策は、下記で解説しています。
頻発する“悪質M&A”…売り手オーナーが知るべき「トラブル回避策」とは
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売り手が買い手から訴えられる3つのケース
売り手は、売却の後に買い手から責任を問われることがあります。主なケースは以下の3つです。
- 表明保証に違反したとして損害賠償を求められる
- 競業避止義務に反したとして事業の差止めや賠償を求められる
- 価格調整や支払金の返還をめぐって契約の解釈が食い違う
それぞれを順に解説します。
表明保証に違反したとして損害賠償を求められる
代表的なのは、表明保証に違反したとして損害賠償を求められるケースです。 表明保証とは、売り手が会社の財務や法務の状態について、一定の事実を表明し、内容が正しいことを保証するものです。
売却の後に、未払の残業代や帳簿にない債務が見つかると、表明保証の違反として補償を求められる可能性があります。
売り手が知らなかった事実でも、表明保証の書き方によっては責任を負う場合があります。表明保証の対象と、「知る限り」といった限定の有無を確認します。
表明保証条項の内容や注意点は、下記で解説しています。
競業避止義務に反したとして事業の差止めや賠償を求められる
売却した事業と同じ事業を始めると、競業避止義務の違反として差止めや賠償を求められることがあります。 最終契約で、一定の地域と期間、同じ事業を行わないと約束するケースが多く見られます。
元の経営者が、近くで同じ事業を始めると、買い手の顧客や従業員が流れるためです。
売却の後にどのような仕事をするつもりかを、最終契約の交渉の段階で決めておきます。
競業避止義務を定める際の注意点は、下記で解説しています。
価格調整や支払金の返還をめぐって契約の解釈が食い違う
売却の後の価格調整や、支払金の返還をめぐって、契約の解釈が食い違うことがあります。 クロージングの時点の運転資本や純資産に応じて、価格を調整する条項がある場合などです。
計算の方法があいまいだと、双方が自分に有利な解釈を主張します。
価格調整の計算式と、基準となる数字の定義を、最終契約で具体的に定めます。
運転資本による価格調整の仕組みは、下記で解説しています。
M&Aの正常運転資本とは?対価が動く仕組みと売り手が損をしやすい3つの場面、契約の確認点
売り手が買い手を訴える3つのケース
反対に、売り手が買い手の責任を問う場面もあります。中小企業庁も注意を呼びかけている主なケースは以下の3つです。
- 譲渡対価の分割払いや役員退職慰労金の後払いが支払われない
- 経営者保証が解除も移行もされないまま残る
- 会社の資金が流出して事業が放置される
それぞれを順に解説します。
譲渡対価の分割払いや役員退職慰労金の後払いが支払われない
譲渡の代金を分割で受け取る約束や、役員退職慰労金を後で受け取る約束が、守られないケースがあります。 中小企業庁は、2024年8月に改訂した中小M&Aガイドライン(第3版)で、譲渡対価のクロージング後の分割払いや役員退職慰労金のクロージング後の支払いを、当事者間の争いに発展するリスクがある事項として挙げています。
(参考資料12)最終契約におけるリスク事項についての説明書サンプル|中小企業庁
株式を引き渡した後では、売り手が支払いを強制する手段は限られます。
代金は、株式を引き渡すクロージングの時点で、一括で受け取ることを原則にします。
分割払いを受け入れる場合の備えは、下記で解説しています。
M&Aの分割払いは売り手に未回収のリスクがある?代金を回収するための5つの備え
経営者保証が解除も移行もされないまま残る
売却の後も、会社の借入金に対する元の経営者の個人保証が残るケースがあります。 中小企業庁の資料は、経営者保証の解除などを行わないまま、会社に負債を残して連絡を絶つ不適切な買い手の存在を指摘しています。
会社の経営に関われないまま、保証人としての責任だけが残ることになります。
同じ資料は、M&Aの成立と同時に経営者保証を解除することを、最も優先される対応と位置づけています。保証の解除の手順を、最終契約の前に決めます。
経営者保証の解除方法やトラブル対策は、下記で解説しています。
M&Aにおける経営者保証とは?解除方法やガイドライン、トラブル対策も解説
会社の資金が流出して事業が放置される
売却の後に、買い手が会社の資金を流出させ、事業を放置するケースもあります。 中小企業庁の資料は、M&Aの後に会社の資金を私的に流出させる手口を繰り返す不適切な買い手が、少なからず報告されているとしています。
従業員の給与や取引先への支払いが滞れば、元の経営者として築いた信用も失われます。
被害が分かった時点で、すぐに弁護士に相談し、証拠を保全します。
仲介会社との間でも説明や利益相反をめぐって争いが起きる
係争の相手は、買い手だけではありません。仲介会社との間でも、説明の不足や利益相反をめぐって争いが起きることがあります。
仲介会社は、売り手と買い手の双方から報酬を得る立場にあります。中小企業庁のガイドラインは、2024年8月の第3版で、利益相反に関する禁止事項を具体化しました。
争いになりやすいのは、次のような点です。
- 手数料の計算方法や支払いの時期の説明不足
- 買い手候補の調査の内容やリスクの説明不足
- 売り手に不利な条件の十分な説明のない推奨
受けた説明は書面で残し、誰の利益のために動く支援者かを契約の段階で確かめます。
仲介会社とFAの立場の違いは、下記で解説しています。
M&A仲介とFAの違いとは?向いているケースや役割、失敗しない選び方も解説
係争中の訴訟を抱えた会社も開示と契約の手当てで売却できる
すでに訴訟を抱えている会社でも、売却はできる場合があります。大切なのは、訴訟の内容を買い手候補に正しく開示し、契約で手当てすることです。
訴訟を隠して売却すれば、売却の後に表明保証の違反として責任を問われるおそれがあります。開示しておけば、買い手候補はリスクを織り込んで判断しやすくなります。
契約での手当ての方法は次のとおりです。
- 訴訟の見込み額を、売却価格から差し引く
- 特定の訴訟について、通常の表明保証とは別に補償を約束する
- 訴訟の進め方と、費用の負担者を決めておく
訴訟の内容と見通しについて、担当の弁護士の意見書を用意しておくと、買い手候補の理解を得やすくなる場合があります。訴訟の一覧と現状を、売却の準備の段階で書面にしておきます。
係争や訴訟を防ぐために最終契約で決める5つの条項
係争の多くは、最終契約の定め方で抑えられる可能性があります。最終契約で決めておきたい条項は主に以下の5つです。
- 表明保証の範囲と期間、補償の上限を決める
- 経営者保証の解除をクロージングの条件にする
- 譲渡対価はクロージング時に一括で受け取る
- 競業避止義務の地域と期間を絞る
- 紛争が起きたときの管轄裁判所を決める
それぞれを順に解説します。
表明保証の範囲と期間、補償の上限を決める
表明保証の対象、責任を負う期間、補償の上限を明確に決めます。 範囲と期間に限りがなければ、売却の後いつまでも責任を問われるおそれがあります。
補償の上限は、売却代金に対する割合で定める例が多くあります。
把握している問題は、表明保証の例外として開示し、売却の後の責任から外します。
経営者保証の解除をクロージングの条件にする
経営者保証の解除を、クロージングの条件にします。 中小企業庁の資料も、M&Aの成立と同時の解除を最も優先される対応としています。
同じ資料は、買い手の資金による借入金の借換えも有効な方法としています。
買い手が借換えに応じない場合は、買い手の財務に問題がある可能性があるとされています。条件に応じない買い手候補とは、取引を慎重に検討します。
譲渡対価はクロージング時に一括で受け取る
譲渡の代金は、クロージングの時点で一括で受け取ります。 分割払いや後払いは、買い手が約束を守らなければ回収が難しくなります。
中小企業庁も、分割払いや退職慰労金の後払いが履行されなかった事例を挙げて注意を呼びかけています。
買い手候補から分割払いを求められた場合は、分割を求める理由と買い手候補の資金の状況を確かめます。
競業避止義務の地域と期間を絞る
競業避止義務は、地域と期間をできるだけ絞ります。 範囲が広すぎると、売却の後の仕事の選択肢が狭まるためです。会社法第21条は、事業譲渡について、当事者の別段の意思表示がなければ、事業を譲渡した会社に対し、同じ市町村と隣接する市町村で20年間、同じ事業を行うことを禁じています。
株式譲渡では、契約で定めた範囲が義務になります。売却の後の計画に合わせて、範囲を交渉します。
紛争が起きたときの管轄裁判所を決める
紛争が起きたときに訴訟を行う裁判所を、最終契約で決めておきます。 民事訴訟法第11条は、当事者が書面で合意すれば、第一審の管轄裁判所を定められるとしています。
買い手の本店の近くの裁判所に定められると、遠方まで出向く負担が生じます。売り手の所在地に近い裁判所を交渉します。
悪質な買い手候補を避けるために売り手が確かめる3つのこと
係争の原因の一つに、買い手候補の選び方があります。売り手が確かめたいことは以下の3つです。
- 仲介会社やFAに買い手候補の調査の内容を説明してもらう
- 買い手候補の財務諸表で支払う資金があるかを確かめる
- 過去のM&Aで最終契約を守らなかったことがないかを確かめる
それぞれを順に解説します。
仲介会社やFAに買い手候補の調査の内容を説明してもらう
仲介会社やFAに、買い手候補をどのように調べたかを説明してもらいます。 中小企業庁の資料は、仲介会社やFAが、契約の前に買い手の調査の概要を売り手に説明しなければならないとしています。
調査の項目には、財務状況、反社会的勢力への該当性、事業の実態、最終契約の実行可能性が挙げられています。
説明に不足があれば、調査の見直しを求めることができます。
買い手候補の財務諸表で支払う資金があるかを確かめる
買い手候補の財務諸表で、代金を支払う資金があるかを確かめます。 中小企業庁の資料は、買い手が債務超過や赤字でないか、現預金の額などを調べるよう求めています。
買い手候補が借入れで代金を払う予定なら、金融機関との調整の状況も確認します。
売り手の会社が債務超過の場合など買い手の信用が特に重要な案件では、少なくとも決算公告や税務申告書で確認するよう求められています。
過去のM&Aで最終契約を守らなかったことがないかを確かめる
買い手候補が過去のM&Aで最終契約を守らなかったことがないかを確かめます。 不適切な買い手は、同じ手口を繰り返すケースが報告されているためです。
一般社団法人M&A支援機関協会は、2024年10月1日から、不適切な譲り受け側の情報を業界内で共有する「特定事業者リスト」の運用を始めています。
依頼している仲介会社やFAに、業界内の情報共有の仕組みで買い手候補を確認したかを尋ねます。
係争が起きたときの4つの対応手順
係争が起きた場合は、順を追って対応します。感情的に相手方と直接やり合うと、かえって不利になることがあります。対応の手順は以下の4つです。
- 契約書とやり取りの記録をそろえる
- 弁護士に相談して相手方に請求する
- 交渉や調停で解決を図る
- 解決しなければ訴訟を起こす
それぞれを順に解説します。
契約書とやり取りの記録をそろえる
最初に、最終契約書と、相手方とのやり取りの記録をそろえます。 争いの判断は、契約書の文言と、交渉の経過に左右されるためです。
メールや議事録、仲介会社からの説明資料も含めて集めます。
記録は時系列に並べ、いつ何があったかを一覧にします。原本は手元に保管し、弁護士には写しを渡します。
弁護士に相談して相手方に請求する
記録をそろえたら、弁護士に相談し、相手方に請求します。 法律上の紛争について、報酬を得て代理人として交渉できるのは、原則として弁護士です(弁護士法第72条)。
弁護士には、契約書と記録の一覧を渡し、請求できる内容と見通しを確認します。請求は、内容証明郵便などで、記録が残る形で行います。
交渉や調停で解決を図る
請求の後は、交渉や調停で解決を図ります。 訴訟より早く、費用を抑えて解決できる場合があるためです。
裁判所の民事調停では、調停委員が間に入って話し合いを進めます。
調停で合意が成立し調書に記載されると、その記載は裁判上の和解と同じ効力を持ちます(民事調停法第16条)。相手方が話し合いに応じない場合は、訴訟を検討します。
解決しなければ訴訟を起こす
交渉や調停で解決しなければ、訴訟を起こします。 最終契約で管轄裁判所を定めていれば、定めた裁判所に訴えます。
訴訟は、判決まで時間と費用がかかり、判決を得ても相手方に資産がなければ回収できません。
勝訴の見込みと、回収できる見込みの両方を、弁護士と検討してから判断します。
M&Aの係争や訴訟に関するよくある質問
M&Aの係争について、経営者から寄せられることの多い質問を3つ取り上げます。訴訟にかかる期間はどのくらいか、売却後に元経営者として責任を問われるか、公的な相談窓口はあるかの3点です。
M&Aの訴訟はどのくらいの期間がかかりますか?
事案によって大きく異なります。最高裁判所は、裁判の審理期間の状況を2年ごとに検証し、公表しています(直近は2025年公表の第11回報告書)。争点が多く、証人の尋問まで行う事件では、判決まで1年を超える場合もあります。早期の解決を目指すなら、和解の可能性も検討します。
売却後に元経営者として会社から責任を問われることはありますか?
会社法第423条は、取締役が任務を怠って会社に損害を与えた場合の責任を定めており、在任中の行為について、売却の後に会社から責任を問われることがあります。最終契約で、在任中の責任の扱いを定めておきます。
M&Aのトラブルは公的な窓口にも相談できますか?
中小企業庁は、M&Aのトラブルに違和感を抱いた場合は、弁護士や各都道府県の事業承継・引継ぎ支援センターに相談するよう呼びかけています。M&A支援機関に関する情報提供の窓口も設けています。
まとめ
M&Aの係争や訴訟は、表明保証や代金の支払い、経営者保証などをめぐって、売却の後に起きることが多いものです。主な原因として、最終契約の内容と買い手候補の選び方が挙げられます。
要点は以下のとおりです。
- 売り手は、表明保証や競業避止、価格調整をめぐって訴えられることがある
- 分割払いの未払いや経営者保証の未解除で、売り手が買い手を訴える場面もある
- 経営者保証の解除をクロージングの条件にし、代金は一括で受け取る
- 仲介会社やFAに、買い手候補の調査の内容と業界内の情報の確認状況を尋ねる
- 係争が起きたら、記録をそろえ、弁護士に相談して請求する
係争を防ぐ鍵は、最終契約を結ぶ前にあります。売り手の立場で契約の条件を確かめ、交渉してくれる支援者を選んでください。
最終契約の前に確認したい契約書の項目は、弁護士監修のチェックリストにまとめています。
【無料資料】最終契約前に弁護士と共に確認するべき契約書の項目
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