事業譲渡は包括承継か特定承継か?売り手が個別に進める5つの手続きを解説
事業譲渡は、権利や義務を一つずつ移す特定承継にあたり、合併や会社分割のような包括承継とは手続きが異なります。売り手が個別に進める5つの手続き、特定承継のメリットと注意点、手法の選び方を解説します。

事業譲渡なら、契約も従業員も借入金もまとめて買い手候補に移ると思っていた。売却の準備を進める中で、思い込みに気づく経営者もいます。事業譲渡は、権利や義務を一つずつ移す特定承継にあたり、相手方の承諾を得られなければ移らないものがあります。合併や会社分割のように、まとめて移る包括承継とは仕組みが異なります。
本記事では、包括承継と特定承継の違いを確認したうえで、事業譲渡で売り手が個別に進める5つの手続きを解説します。あわせて、メリットと注意点、手法の選び方を示します。
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包括承継とは
包括承継とは、ある人や会社が持っていた権利と義務を、一括して引き継ぐことです。一般承継とも呼ばれます。代表的なのは相続で、民法第896条は、相続人が亡くなった人の財産に属した一切の権利義務を引き継ぐと定めています。
包括承継では、個々の契約や債務について、相手方の承諾を一つずつ得る必要がありません。権利と義務がまとまって移るためです。
一方、特定承継とは、個々の権利や義務を、個別の取引によって一つずつ移すことです。売買や贈与が特定承継にあたります。
民法第539条の2は、契約の当事者の一方が第三者と契約上の地位を譲る合意をし、契約の相手方が承諾したときに、契約上の地位が第三者に移るとしています。特定承継で契約を移すには、相手方の承諾が必要になるということです。
自社の売却がどちらにあたるかで、準備する手続きの量が変わります。
事業譲渡の基本と実務のポイントは、下記で解説しています。
事業譲渡とは何か?オーナー経営者が知っておくべき基本と実務ポイント
事業譲渡は特定承継で合併や会社分割は包括承継に当たる
M&Aの手法ごとに、権利と義務の移り方は異なります。主な手法を比べると次のとおりです。
| 手法 | 承継の性質 | 契約の移転 | 債務の移転 | 従業員 |
|---|---|---|---|---|
| 事業譲渡 | 特定承継 | 相手方の承諾が必要 | 債権者の承諾が必要 | 本人の承諾が必要 |
| 吸収合併 | 包括承継 | 一括して移る | 一括して移る | 一括して移る |
| 会社分割 | 包括承継 | 分割契約などに定めたものが移る | 分割契約などに定めたものが移る | 労働契約承継法の手続きによる |
| 株式譲渡 | 承継は生じない | 会社に残る | 会社に残る | 会社に残る |
事業譲渡は、譲る資産や契約を当事者が選べる代わりに、移すものごとに手続きが要ります。
合併では、消滅する会社の権利と義務がすべて存続する会社に移ります。会社分割では、分割の契約や計画に定めた範囲の権利と義務がまとめて移ります。
株式譲渡は、会社の持ち主が変わるだけで、会社の権利と義務は会社に残ったままです。承継という考え方自体が生じません。
譲りたい範囲と、移す必要のある契約の数を並べ、どの手法が合うかを検討します。
売却の進め方や仲介会社から提案を受けた際の注意点を、弁護士監修のガイドにまとめています。無料でダウンロードできます。
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包括承継にあたる手法の詳細は、下記をご覧ください。
M&Aにおける会社分割とは?吸収分割と新設分割の違いやメリットも解説
特定承継の事業譲渡で売り手が個別に進める5つの手続き
特定承継では、移すものごとに相手方の協力が要ります。売り手が個別に進める手続きは以下の5つです。
- 取引先との契約は相手方の承諾を得て移す
- 売掛金は取引先への通知か承諾を得て移す
- 借入金や買掛金は債権者の承諾を得て移す
- 従業員は本人の同意を得て転籍させる
- 許認可は原則として買い手が新たに取得する
それぞれを順に解説します。
取引先との契約は相手方の承諾を得て移す
取引先との契約を買い手候補に移すには、契約の相手方の承諾が必要です。 契約上の地位の移転には相手方の承諾を要するというのが、民法第539条の2の定めです。
承諾が必要になる契約の例は次のとおりです。
- 継続的な売買契約や業務委託契約
- 店舗や事務所の賃貸借契約
- 設備のリース契約
契約書に、契約上の地位の譲渡を禁止する条項が置かれている場合もあります。主要な契約の譲渡条項を確認し、承諾を得る順番を買い手候補と決めます。
取引先への説明の進め方は、下記で解説しています。
M&Aを取引先にどう説明する?タイミングや内容、売り手側の注意点を解説
売掛金は取引先への通知か承諾を得て移す
売掛金を買い手候補に移す場合は、取引先への通知か、取引先の承諾が必要になります。 債権の譲渡自体は当事者の合意でできますが、取引先や第三者に主張するための手続き(民法第467条の通知または承諾)が別に要るためです。
民法第466条第2項は、債権の譲渡を禁止または制限する特約があっても、譲渡の効力は妨げられないとしています。ただし、取引先との関係を損なわないよう、事前に説明しておくのが無難です。
売掛金を移さず、譲渡日までの分は売り手が回収する方法もあります。移すか残すかを、回収の手間と時期を踏まえて決めます。
借入金や買掛金は債権者の承諾を得て移す
借入金や買掛金を買い手候補に移し、売り手が債務を免れるには、原則として債権者の承諾が必要です(免責的債務引受、民法第472条)。 債務者が誰かによって、返済を受けられるかが変わるためです。
債権者が承諾しなければ、売り手は債務者のまま残ります。買い手が返済を引き受ける約束をしても、債権者に対しては売り手が責任を負い続けることになります。
金融機関からの借入金は、承諾を得るのに時間がかかります。譲渡の対象にする債務を一覧にし、金融機関との協議を早めに始めます。
経営者保証の扱いは、下記もあわせてご覧ください。
M&Aにおける経営者保証とは?解除方法やガイドライン、トラブル対策も解説
従業員は本人の同意を得て転籍させる
従業員を買い手候補に移すには、従業員本人の同意が必要です。 民法第625条第1項は、使用者が労働者の承諾を得ずに、雇用契約上の権利を第三者に譲り渡すことはできないとしています。
厚生労働省の指針も、事業譲渡で労働契約を承継させるには、承継予定の労働者の承諾を得ることが必要としています。
事業譲渡又は合併を行うに当たって会社等が留意すべき事項に関する指針|厚生労働省
同意しない従業員は、売り手の会社に残ります。転籍の条件を書面で示し、残る従業員の処遇もあわせて決めます。
転籍の手続きと、従業員に拒否された場合の対応は、下記で解説しています。
事業譲渡が従業員に与える影響とは?転籍手続きや拒否された時の対応も紹介
許認可は原則として買い手が新たに取得する
事業に必要な許認可は、原則として買い手が新たに取得します。 許認可は事業を営む者に与えられるもので、事業譲渡では当然には移らないためです。
中小企業庁のガイドラインも、事業譲渡では許認可等について原則として取り直す必要があるとしています。
業種によっては、事業の譲渡に伴う承継を認める規定がある場合もあります。事業に必要な許認可と、承継の規定の有無を一覧にし、取得までの期間を見込みます。
特定承継の事業譲渡で売り手が得られる3つのメリット
手続きが増える一方で、特定承継には売り手にとっての利点もあります。利点は、譲る範囲を売り手の側で組み立てられることから生まれます。主なメリットは以下の3つです。
- 譲る事業と資産を選べる
- 会社と残りの事業を続けられる
- 譲渡代金を会社の資金として受け取れる
それぞれを順に解説します。
譲る事業と資産を選べる
第一のメリットは、譲る事業と資産を選べることです。 特定承継では、何を譲るかを一つずつ決められます。
不採算の事業を残して採算のよい事業だけを譲る、あるいは本社の土地を手元に残して事業だけを譲る、といった組み立てができます。
買い手候補にとっても、必要なものだけを取得できる点は魅力になります。譲りたいものと残したいものを、売却の目的に照らして決めます。
会社と残りの事業を続けられる
第二のメリットは、会社自体と、譲らなかった事業を続けられることです。 事業譲渡では、売り手の会社の法人格は残ります。
譲渡の後も、会社の名前や取引の実績、残した事業の許認可は引き続き使えます。長年の取引で築いた金融機関との関係や、会社として受けてきた評価も手放さずに済みます。
一方で、事業をすべて譲った場合は、会社に事業が残らなくなります。譲渡の後に会社をどうするかを、売却の検討段階で決めておきます。
譲渡代金を会社の資金として受け取れる
第三のメリットは、譲渡代金が会社の資金になることです。 事業譲渡の対価を受け取るのは、株主ではなく売り手の会社です。
受け取った資金は、残した事業への投資や、借入金の返済にあてられます。
ただし経営者個人が受け取るには、会社から配当や役員退職金などとして支払う手続きが別に要ります。会社に資金を残すか、個人に移すかを、税理士などの専門家と試算して決めます。
特定承継の事業譲渡で売り手が注意したい4つの点
特定承継の仕組みから生じる注意点もあります。売り手が注意したい点は以下の4つです。
- 承諾を得られない契約は買い手候補に移らない
- 買い手候補に移らない債務は売り手の会社に残る
- 同じ地域で同じ事業を一定期間営めなくなる
- 譲渡益への法人税と課税資産への消費税がかかる
それぞれを順に解説します。
承諾を得られない契約は買い手候補に移らない
相手方が承諾しなければ、契約は買い手候補に移りません。 取引先が譲渡を機に条件の見直しを求めることもあります。
主要な取引先や賃貸人の承諾が得られなければ、買い手候補が事業を続けられず、譲渡自体が成り立たなくなる場合があります。
買い手候補は、主要な契約の承諾を譲渡の実行の条件にすることがあります。承諾が得られるかどうかの見通しを、交渉の早い段階で確かめます。
買い手候補に移らない債務は売り手の会社に残る
譲渡の対象にしなかった債務や、債権者の承諾を得られなかった債務は、売り手の会社に残ります。 譲渡の後に、残った債務の返済を考える必要があります。
会社に残りやすい債務の例は次のとおりです。
- 金融機関からの借入金
- 未払の税金や社会保険料
- 帳簿に載っていない未払金や保証債務
残った債務は、譲渡代金や残した事業の収益で返済します。残る債務の総額を確認し、譲渡代金で返し切れるかを試算します。
同じ地域で同じ事業を一定期間営めなくなる
事業を譲った会社は、同じ地域で同じ事業を一定期間営めなくなります。 会社法第21条第1項は、当事者が別段の意思表示をしない限り、事業を譲渡した会社は、同一の市町村と隣接する市町村の区域内で、20年間は同一の事業を行ってはならないと定めています。
契約で期間や範囲を変えることもできますが、特約で定められる期間は30年が上限です(同条第2項)。譲渡の後に予定している事業がある場合は、競業の範囲を契約で具体的に定めます。
競業避止義務の定め方は、下記をご覧ください。
譲渡益への法人税と課税資産への消費税がかかる
事業譲渡では、売り手の会社に法人税と消費税がかかります。 譲渡代金が譲った資産の帳簿価額を上回れば、差額は会社の利益として法人税の対象になります。
消費税は、譲る資産の種類ごとに課税と非課税が分かれます。建物や設備、のれんなどは課税の対象になり、土地や売掛金などは非課税です。
課税と非課税の資産をまとめて譲る場合は、代金を資産の種類ごとに合理的に分けておく必要があります。譲渡契約で資産ごとの価額を定め、税理士などの専門家に税額を試算してもらいます。
事業譲渡の消費税の計算方法は、下記で詳しく解説しています。
事業譲渡の消費税は誰が払う?課税資産と計算方法、売り手の3つのポイントを解説
包括承継と特定承継のどちらが合うかは譲る範囲と契約の数で変わる
手法の選び方は、何を譲るかと、どれだけの契約を移すかで決まります。判断の目安は以下の3つです。
- 会社ごと譲るなら株式譲渡が候補になる
- 一部の事業を譲るなら事業譲渡と会社分割を比べる
- 承諾を得る契約が多いなら会社分割も検討する
それぞれを順に解説します。
会社ごと譲るなら株式譲渡が候補になる
会社をまるごと譲るなら、株式譲渡が候補になります。 株式譲渡では会社の権利と義務が会社に残るため、契約や従業員を一つずつ移す手続きが要りません。
対価は株主である経営者が直接受け取ります。会社の利益として法人税がかかる事業譲渡と比べ、個人の手取りの計算も単純になります。
ただし、会社が抱える債務も会社とともに買い手側に移るため、買い手候補による調査の範囲は広くなる傾向があります。会社全体を譲る意向であれば、まず株式譲渡で検討を始めます。
一部の事業を譲るなら事業譲渡と会社分割を比べる
事業の一部を譲るなら、事業譲渡と会社分割を比べます。 どちらも会社の一部の事業を切り出して移せる手法です。
比べる観点は次のとおりです。
- 移す契約と従業員の数
- 債権者保護の手続きや労働者への通知などの法定の手続き
- 税金のかかり方と、譲渡の後の会社の状態
事業譲渡は手続きが個別になり、会社分割は法定の手続きが多くなります。両方の手順と期間を並べ、売却の時期に間に合う方を選びます。
承諾を得る契約が多いなら会社分割も検討する
承諾を得る必要のある契約が多いなら、会社分割も検討します。 会社分割は包括承継にあたり、分割の契約や計画に定めた権利と義務がまとめて移るためです。
取引先が数百社ある、店舗の賃貸借契約が多いといった場合は、一つずつ承諾を得る負担が大きくなります。
ただし会社分割でも、契約に支配権の変動や分割を理由とする解除の条項があれば、相手方との調整が要ります。主要な契約の条項を確認したうえで、手法を決めます。
事業譲渡の承継に関するよくある質問
事業譲渡と承継の仕組みについて、経営者からよく寄せられる質問を3つ取り上げます。株主総会の決議は必要か、契約書に印紙を貼るか、個人事業主の場合も同じ扱いかの3点です。
事業譲渡に株主総会の決議は必要ですか?
事業の全部、または重要な一部を譲渡する場合は、原則として株主総会の特別決議が必要です。会社法第467条第1項第2号は、譲り渡す資産の帳簿価額が会社の総資産額の5分の1を超えない場合は、重要な一部の譲渡から除くとしています。譲る事業の規模を総資産と比べて確認します。
事業譲渡契約書に印紙は必要ですか?
原則として必要です。営業の譲渡に関する契約書として第1号文書に該当する場合、記載された契約金額に応じて印紙税がかかります。株式譲渡契約書は、原則として課税文書に該当しないと整理されます。契約金額の記載方法も確認します。
契約書ごとの印紙税は、下記で解説しています。
M&Aで印紙税がかかる契約書は?金額や負担を抑える方法も解説
No.7140 印紙税額の一覧表(第1号文書から第4号文書まで)|国税庁
個人事業主の事業譲渡も特定承継になりますか?
なります。個人事業主には会社の合併や分割の手続きがないため、事業に使う資産や契約を一つずつ移す形になります。取引先との契約や従業員の転籍には、法人の事業譲渡と同じく相手方の承諾が必要です。対価は事業主本人が受け取ります。
個人事業主の事業譲渡の流れは、下記をご覧ください。
個人事業主の事業譲渡(M&A)とは?方法や流れ、成功させるポイントを紹介
まとめ
事業譲渡は、権利と義務を一つずつ移す特定承継にあたります。合併や会社分割のように、まとめて移る包括承継とは手続きが異なります。
要点は以下のとおりです。
- 契約は相手方、債務は債権者、従業員は本人の承諾を得て移す
- 売掛金は取引先への通知か承諾を得て移し、許認可は原則として買い手が取り直す
- 譲る事業と資産を選べ、会社と残りの事業を続けられる
- 承諾を得られない契約や債務は、売り手の会社に残る
- 競業の制限と、法人税・消費税の負担を事前に確認する
どの手法が合うかは、譲る範囲と移す契約の数で決まります。事業譲渡を前提にせず、株式譲渡や会社分割と比べたうえで、売り手に有利な手法を選んでください。
事業譲渡契約で確認しておきたい項目は、弁護士監修のチェックリストでも確認できます。
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