事業譲渡による退職は会社都合になる?離職理由の分かれ目と売り手の5つの確認事項
事業譲渡に伴う退職が会社都合になるかは、退職に至った事情で決まります。ハローワークの判断基準のうち事業譲渡で関係する4つの場合、自己都合になりやすい場合、両者で変わること、売り手が事前に確認したい5つのことを解説します。

事業を譲渡すれば、買い手のもとへ移らずに辞める従業員も出てきます。譲渡に伴う退職は会社都合になるのか、自己都合になるのか。離職理由は雇用保険の給付に大きく影響し、辞める従業員の生活を左右します。会社都合か自己都合かは、事業譲渡という出来事だけで決まるのではなく、退職に至った事情で判断されます。
本記事では、ハローワークの判断基準のうち事業譲渡で関係する場合と、自己都合になりやすい場合を確認したうえで、両者で変わることを解説します。あわせて、売り手が事業譲渡の前に確認したい5つのことを示します。
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事業譲渡による退職が会社都合になるかは退職に至った事情で決まる
会社都合と自己都合は、法律上の用語ではありません。雇用保険では、倒産や解雇などによって再就職の準備をする時間的な余裕がないまま離職を余儀なくされた人を「特定受給資格者」と呼び、一般に会社都合と呼ばれる扱いになります。
ハローワークは、特定受給資格者に当たる場合を具体的に列挙しています。
特定受給資格者及び特定理由離職者の範囲の概要|ハローワークインターネットサービス
事業譲渡では、従業員の労働契約は自動的には買い手に移りません。民法第625条第1項により、使用者は労働者の承諾を得なければ権利を第三者に譲り渡せないため、厚生労働省の指針も、労働契約を承継させるには従業員本人の承諾を得ることが必要としています。
承諾するかどうかは従業員が決めるため、事業譲渡に伴う退職には、転籍を断って辞める、転籍した後に辞める、売り手から退職を求められるなど、いくつもの経緯がありえます。離職理由は、経緯ごとの事情をもとにハローワークが判断します。
事業譲渡で従業員の雇用がどうなるかについては、下記で詳しく解説しています。
事業譲渡が従業員に与える影響とは?転籍手続きや拒否された時の対応も紹介
従業員ごとに、譲渡の後どうなるのかを先に確認します。
事業譲渡で会社都合として扱われやすい4つの場合
ハローワークの基準のうち、事業譲渡で当てはまりやすいものがあります。会社都合として扱われやすい場合は以下の4つです。
- 譲渡後に売り手の事業所が廃止される場合
- 転籍後の賃金が大きく下がる場合
- 勤務地が移って通勤が難しくなる場合
- 退職を勧められて離職する場合
それぞれを順に解説します。
譲渡後に売り手の事業所が廃止される場合
事業所が廃止されることに伴う離職は、特定受給資格者の範囲に含まれています。 ハローワークは、事業活動を停止して再開の見込みがない場合も、事業所の廃止に含めるとしています。
事業譲渡で店舗や工場をまるごと手放せば、売り手の会社には当該事業所が残りません。転籍を断った従業員にとって、働く場所自体がなくなります。
会社売却と廃業で従業員への影響がどう違うかは、下記で解説しています。
会社売却と廃業で従業員への影響はどう違う?雇用や退職金など5つの違いと伝え方を解説
譲渡の後に売り手の会社で事業所が残るのか、閉じるのかを、譲渡の範囲を決める段階で確認します。
転籍後の賃金が大きく下がる場合
賃金が大きく下がったために離職した場合も、会社都合として扱われることがあります。 ハローワークは、賃金が従前に比べて85%未満に低下した、または低下することとなったため離職した人を、特定受給資格者の範囲に含めています。
ただし、労働者が低下の事実を予見できなかった場合に限られます。
転籍の条件として賃金が下がるのであれば、下がる幅と理由を従業員に示す必要があります。買い手候補が示す転籍後の賃金を、現在の賃金と従業員ごとに比べます。
勤務地が移って通勤が難しくなる場合
事業所の移転によって通勤が難しくなり離職した場合も、会社都合の範囲に含まれます。 事業譲渡の後に、買い手が拠点を統合して勤務地を移すことがあるためです。
特定受給資格者に当たらない場合でも、事業所が通勤困難な地に移転したことによる離職は、正当な理由のある自己都合として扱われる場合があります。
買い手候補に、譲渡後の勤務地と拠点の統合の予定を確認します。移転がある場合は、通勤時間が大きく変わる従業員を一覧にします。
退職を勧められて離職する場合
事業主から退職を勧められて離職した場合は、特定受給資格者の範囲に含まれます。 ハローワークは、直接だけでなく間接に勧奨を受けた場合も対象としています。
一方、従来から恒常的に設けられている早期退職優遇制度に応募した場合は、該当しないとしています。
転籍を断った従業員に対し、売り手から退職を促す話をすれば、退職の勧奨に当たる可能性があります。面談で伝える内容を事前に決め、記録を残します。
転籍の条件が変わらず本人の意向で辞める場合は自己都合になりやすい
転籍後の賃金や勤務地、仕事の内容がほとんど変わらないのに、本人の意向で転籍せずに辞める場合は、自己都合として扱われやすくなります。働き続ける道が示されたうえで、自ら退職を選んだことになるためです。
自己都合になりやすい例は次のとおりです。
- 転籍の条件が変わらないが、新しい会社で働きたくない
- 譲渡を機に、もともと考えていた転職を実行する
- 売り手の会社に残る道があるのに、自ら退職を選ぶ
一方で、条件が変わらなくても、売り手の会社に事業所が残らず、働く場所がなくなる場合は事情が異なります。転籍を断ることと、事業所が廃止されることが重なれば、会社都合として判断される余地があります。
最終的な判断は、ハローワークが事実を確認して行います。転籍の条件を書面で示し、売り手に残る道があるかどうかも含めて、従業員に何を提示したかを記録しておきます。
会社都合か自己都合かで変わること
離職理由によって、雇用保険の求職者給付の受け方が変わります。主な違いは次のとおりです。
| 項目 | 会社都合(特定受給資格者) | 特定理由離職者 | 自己都合(一般の受給資格者) |
| 主な該当例 | 倒産、解雇、事業所の移転による通勤困難など | 有期労働契約が更新されなかった場合、正当な理由のある自己都合退職 | 正当な理由のない自己都合退職 |
| 待期 | 7日 | 7日 | 7日 |
| 給付制限 | なし | なし | 原則1か月(令和7年4月1日以後の離職)5年間に2回以上の自己都合離職、または重責解雇の場合は3か月教育訓練等を受けた場合は解除 |
| 所定給付日数 | 年齢と被保険者期間に応じて90日〜330日(就職困難者は最長360日) | ハローワークの判定により、会社都合と同じ日数になる場合がある | 年齢に関係なく、被保険者期間10年未満90日/10年以上20年未満120日/20年以上150日 |
| 受給に必要な被保険者期間 | 離職前1年間に6か月以上 | 離職前1年間に6か月以上 | 原則として離職前2年間に12か月以上 |
※特定理由離職者のうち、有期労働契約が更新されなかったことにより離職した方は、暫定措置により所定給付日数が特定受給資格者と同じ扱いになる場合があります。正当な理由のある自己都合による離職の場合は、一般の受給資格者と同じ日数です。個別の取扱いは、管轄のハローワークで確認できます。
売り手が事業譲渡の前に確認したい5つのこと
離職理由の扱いは、譲渡の前の準備で大きく変わります。確認したいことは以下の5つです。
事業譲渡又は合併を行うに当たって会社等が留意すべき事項に関する指針|厚生労働省
- 転籍しない従業員の処遇を譲渡の前に決める
- 転籍後の労働条件を書面で示して同意を得る
- 退職金の精算方法と負担者を譲渡契約で決める
- 離職証明書の離職理由を事実どおりに記載する
- 従業員に説明する時期と順番を決める
それぞれを順に解説します。
転籍しない従業員の処遇を譲渡の前に決める
最初に、転籍しない従業員をどう処遇するかを決めます。 事業譲渡では従業員の承諾がなければ労働契約は移らないため、転籍を断る従業員が出ることを前提に計画します。
処遇の選択肢は次のとおりです。
- 売り手の会社に残し、別の事業や部署に配置する
- 本人の希望を聞いたうえで、退職の条件を話し合う
- 事業所を閉じる場合は、退職を前提に再就職を支援する
解雇する場合は、労働契約法の定めに注意が必要です。同法第16条は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当と認められない解雇は無効としています。
転籍しない場合の処遇を、従業員に説明する前に決めておきます。
転籍後の労働条件を書面で示して同意を得る
転籍後の労働条件は、書面で示して従業員の同意を得ます。 厚生労働省の指針は、労働条件を変更して承継させる場合は、承継予定の労働者から変更についての同意を得る必要があるとしています。
書面で示す項目は次のとおりです。
- 賃金、賞与、手当
- 勤務地と勤務時間
- 職務の内容と役職
- 勤続年数と有給休暇の扱い
同指針は、事業譲渡の背景や理由、承継予定の労働者の範囲などについて、労働者の理解と協力を得るよう努めることも求めています。転籍後の条件と現在の条件を並べた比較表を作り、従業員ごとに説明します。
退職金の精算方法と負担者を譲渡契約で決める
退職金を誰がどう支払うかは、譲渡契約で決めます。 転籍は、雇用保険の上では売り手での資格を失い、買い手で新たに資格を得ることになります。退職金の扱いも、転籍の形に合わせて決める必要があります。
決め方の選択肢は次のとおりです。
- 売り手で一度退職金を精算し、買い手では勤続年数を新たに数える
- 買い手が勤続年数を通算して引き継ぎ、退職金の負担を譲渡価格で調整する
転籍しない従業員の退職金は、売り手が負担するのが一般的です。どの方法を選ぶかで売り手の手取りが変わるため、譲渡価格の交渉とあわせて決めます。
退職金の扱いと手取りについては、下記もあわせてご覧ください。
役員退職慰労金はM&Aでいくらまで?功績倍率法と損金算入の3要件を解説
譲渡契約で確認すべき項目は、弁護士監修のチェックリストにまとめています。
【無料資料】最終契約前に弁護士と共に確認するべき契約書の項目
離職証明書の離職理由を事実どおりに記載する
退職した従業員の離職証明書には、離職理由を事実どおりに記載します。 離職理由は、本人が受け取る雇用保険の給付に直接影響します。
離職証明書には、従業員本人が事業主の記載した離職理由に異議があるかを示す欄があり、ハローワークは双方の主張と事実を確認して判断します。
雇用保険法は、事業主が偽りの届出をした場合の罰則を定めています。事業所の廃止や退職の勧奨があったのに自己都合と記載すれば、従業員との紛争にもつながります。記載の前に、退職に至った経緯を社会保険労務士などの専門家と確認します。
従業員に説明する時期と順番を決める
従業員への説明は、承諾を判断するための時間を確保できる時期に行います。 説明が遅れると、従業員は十分に考えないまま転籍か退職かを選ぶことになります。
厚生労働省の指針は、承諾を得るにあたって、労働者に真意による承諾を得られるよう、協議を行うことなどを求めています。
説明の順番は、取引先や金融機関への説明との関係も踏まえて決めます。全員への説明の前に、転籍の可否が事業に大きく影響する従業員と個別に話す場を設けます。
従業員への説明のタイミングと手順は、下記で詳しく解説しています。
事業譲渡を従業員にいつ伝える?公表タイミングと3つの説明手順を解説
M&Aでキーマンの処遇はどうなる?経営者と従業員を守る5つのポイント
事業譲渡と退職に関するよくある質問
事業譲渡と退職について、相談の現場で多く寄せられる質問を3つ取り上げます。従業員が退職届を出した場合の扱い、転籍した後に辞めた場合、株式譲渡の場合の扱いの3点です。
従業員が退職届を出すと自己都合として扱われますか?
退職届を出したかどうかだけでは決まりません。ハローワークは、退職に至った実際の事情をもとに判断します。退職を勧められて退職届を出した場合や、事業所の廃止に伴って退職届を出した場合は、会社都合として扱われる余地があります。
転籍した後に辞めた場合も会社都合になりますか?
転籍した後の離職は、買い手の会社を辞めた時点の事情で判断されます。ハローワークは、労働契約を結ぶ際に明示された労働条件が事実と著しく異なったことによる離職を、特定受給資格者の範囲に含めています。転籍前の説明と実際の条件が大きく違えば、会社都合になる余地があります。
株式譲渡の場合も同じ扱いになりますか?
株式譲渡では会社の持ち主が変わるだけで、従業員の雇用主は変わりません。株式譲渡自体は離職の理由にはならず、労働契約も変わらず続きます。ただし譲渡の後に賃金の低下や勤務地の移転、退職の勧奨があれば、同じ基準で判断されます。
株式譲渡と事業譲渡の違いについては、下記で解説しています。
M&Aにおける株式譲渡とは?メリットや注意点、手続きの流れを解説
事業譲渡とは何か?オーナー経営者が知っておくべき基本と実務ポイント
まとめ
事業譲渡による退職が会社都合になるかは、事業譲渡という出来事ではなく、退職に至った事情で決まります。事業所の廃止、賃金の大幅な低下、通勤が難しくなる移転、退職の勧奨は、会社都合として扱われやすい場面です。
要点は以下のとおりです。
- 事業譲渡では、労働契約を移すのに従業員本人の承諾が必要になる
- 転籍の条件が変わらず本人の意向で辞める場合は、自己都合になりやすい
- 求職者給付について、自己都合の給付制限は、令和7年4月以後の離職で原則1か月
- 転籍しない従業員の処遇と、転籍後の労働条件を譲渡の前に決める
- 離職証明書の離職理由は、事実どおりに記載する
事業譲渡は、従業員一人ひとりの働き方を変える取引です。譲渡の範囲と条件を決める段階から、従業員の処遇を交渉の論点に含めてください。
売却前に押さえておきたい注意点は、資料でも確認できます。
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