M&Aでキーマンの処遇はどうなる?経営者と従業員を守る5つのポイント
公開日:2026.07.30
2026.07.30
更新日:2026.07.30
2026.07.30
M&Aで会社売却を検討する際に、自分や役員、幹部人材がどう扱われるのか不安を感じる売り手もいます。M&Aでは、事業価値の維持に重要なキーマンの処遇が、交渉の論点になります。売り手経営者自身が一定期間の残留を求められることや、キーマンとなる従業員の引き留めが条件になることもあります。
本記事では、キーマンとは誰か、処遇が問題になる理由、売り手経営者自身の処遇、キーマンの残留に対する対価、キーマンである従業員を守る交渉に加え、キーマン条項の仕組みと縛られる側の注意点まで解説します。自分と人材の処遇を有利に設計したい売り手経営者の方に、判断の材料になる内容です。
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M&Aにおけるキーマンとは
M&Aにおけるキーマンとは、事業価値の維持に重要な人物を指します。次の3つに分けて確認します。
- 事業を支える売り手経営者
- 経営や現場を担う役員
- 業績や技術を握るキーマンである従業員
それぞれを順に解説します。
事業を支える売り手経営者
キーマンの一人が、事業を支える売り手経営者です。会社の取引関係や経営判断が、経営者に集まっていることが多いためです。
中小企業では、主要な取引先との関係や、資金の管理、事業の方針の決定を、経営者が一人で担っている場合があります。そのため、買い手候補は、承継後も一定期間、経営者に残ってもらうことを求めることがあります。
売り手経営者は、自分自身がキーマンとして扱われる場合がある点を理解しておく必要があります。
経営や現場を担う役員
経営や現場を担う役員も、キーマンにあたります。事業の運営や、部門の管理を役員が担っている場合があるためです。
たとえば、製造や営業の責任者である役員が抜けると、承継後の事業の運営に支障が生じることがあります。買い手候補は、こうした役員の残留も、承継後の運営の面から重視することがあります。
業績や技術を握るキーマンである従業員
業績や技術を握るキーマンである従業員も、キーマンに含まれます。特定の従業員に、売上や技術、ノウハウが蓄積されている場合があるためです。
主要な取引先を担当する営業職や、独自の技術を持つ技術者などが、これにあたります。こうした従業員が離職すると、事業価値に影響する場合があります。買い手候補は、キーマンである従業員の定着を重視することがあります。
M&Aでキーマンの処遇が問題になる理由
M&Aでは、キーマンの処遇が交渉の論点になります。その理由を3つの点から確認します。
- 事業価値がキーマンに依存している
- キーマンの離職がM&A後の成長を左右する
- 買い手候補が定着を条件にする
それぞれを順に解説します。
事業価値がキーマンに依存している
キーマンの処遇が問題になるのは、事業価値がキーマンに依存しているためです。中小企業では、取引関係や技術が特定の人物に集まっていることが多く、その人が抜けると事業価値に影響します。
経営者が主要な取引先との関係を握っている場合や、特定の技術者にノウハウが蓄積されている場合、その人物の残留が事業の継続に関わります。買い手候補は、この依存の度合いを見て、処遇の条件を検討します。
売り手は、自社の事業価値がどの人物に依存しているかを、把握しておく必要があります。
キーマンの離職がM&A後の成長を左右する
キーマンの離職は、M&A後の事業の成長に影響します。承継後の運営やシナジーが、キーマンの働きに支えられる場合があるためです。
買い手候補は、承継後に事業を成長させることを見込んでM&Aを検討します。その見込みは、キーマンが残って事業を担うことを前提にしていることがあります。キーマンが早期に離職すると、この見込みに影響する場合があります。
売り手として、買い手候補がキーマンの定着を重視する理由を理解しておくことが望ましいです。
買い手候補が定着を条件にする
買い手候補が、キーマンの定着を取引の条件にすることがあります。事業価値の維持を確認したうえで、承継を進めたいと考えるためです。
具体的には、経営者やキーマンである従業員が一定期間残留することを、最終契約の条件に含めるよう求めることがあります。定着の見込みが立たないと、譲渡価格や条件の見直しにつながる場合があります。中小M&Aガイドラインでも、円滑な承継に向けた配慮が求められています。
売り手は、定着が条件になり得る点を踏まえて、交渉に臨む必要があります。
※参考:中小企業庁「中小M&Aガイドライン」
売り手経営者自身の処遇
売り手経営者自身も、キーマンとして処遇が定められることがあります。処遇の主な論点を確認します。
- 引き継ぎのための残留期間
- 残留期間中の役割
- 役員退職金の扱い
- 個人保証の解除
それぞれを順に解説します。
引き継ぎのための残留期間
売り手経営者の処遇の論点の一つが、引き継ぎのための残留期間です。承継後の事業の引き継ぎのために、一定期間、会社に残ることを求められる場合があるためです。
買い手候補は、取引関係や業務の引き継ぎのために、経営者の残留を希望することがあります。残留期間は案件によって異なり、売り手の引退の希望と、買い手候補の要望をすり合わせて決めます。
売り手は、いつまで残るのかを自分の希望として、交渉のなかで確認しておく必要があります。
残留期間中の役割
残留期間中に、どのような役割を担うのかも処遇の論点です。代表を続けるのか、顧問として関わるのかで、負担や関与の度合いが変わるためです。
たとえば、代表取締役として経営を続ける場合と、顧問として引き継ぎのみを担う場合では、求められる業務や出勤の頻度が異なります。役割の範囲や権限を、あらかじめ取り決めておきます。
売り手は、残留期間中の役割を、自分の希望を踏まえて確認しておくことが望ましいです。
役員退職金の扱い
役員退職金の扱いも、売り手経営者の処遇に関わります。M&Aの際に、退職金を受け取るかどうかで、手取りの額が変わる場合があるためです。
株式の譲渡代金の一部を役員退職金として受け取る方法をとる場合があります。株式の譲渡による所得と退職金では、課税の計算が異なります。役員退職金の扱いは、税務の面も踏まえて検討します。
退職金を活用した譲渡の手法については、以下の記事でも解説しています。
売却対価の「手取り」を増やすには?売り手オーナー経営者が知るべき「退職金を活用した譲渡手法」
個人保証の解除
経営者個人の連帯保証の解除も、処遇の重要な論点です。会社の借入に経営者個人が連帯保証を負っている場合、その解除の時期が問題になるためです。
経営者個人による連帯保証は、会社自体の債務とは分けて考えるべき論点です。M&Aの後に、金融機関との間で保証の解除や差し替えを進めます。解除の時期は、引き継ぎの完了時期などとあわせて交渉になります。
M&Aで個人保証を解除する方法については、以下の記事でも解説しています。
M&Aで個人保証を解除するには?3つの判断要素や解除の流れ、最新動向を解説
キーマンの残留に対する対価
キーマンが残留する場合、その対価が定められることがあります。対価の主な形を確認します。
- 残留や引き継ぎに対する報酬
- 業績連動で受け取るアーンアウト
それぞれを順に解説します。
残留や引き継ぎに対する報酬
残留や引き継ぎに対して、報酬が定められることがあります。残留期間中の業務に対して、報酬や顧問料が支払われる場合があるためです。
売り手経営者が残留する場合、代表としての報酬や、顧問としての顧問料が定められます。役割や関与の度合いに応じて、金額や支払いの方法を取り決めます。報酬の条件は、残留期間や役割とあわせて交渉します。
業績連動で受け取るアーンアウト
承継後の業績に応じて対価を受け取る、アーンアウトという仕組みもあります。譲渡の時点で対価の一部を確定させず、承継後の業績に連動させる方法です。
たとえば、承継後の一定期間の業績が目標に達した場合に、追加の対価を受け取る取り決めをします。売り手にとっては追加の対価を得られる可能性がある一方、業績が目標に達しないと受け取れない場合もあります。
キーマンとなる従業員の処遇を守る交渉
売り手は、キーマンとなる従業員の処遇を守るための交渉もできます。交渉の論点を3つの点から確認します。
- 雇用条件の維持を買い手候補に確認する
- キーマンとなる従業員の役割や待遇を取り決める
- 離職を防ぐ引き留めの仕組みを検討する
それぞれを順に解説します。
雇用条件の維持を買い手候補に確認する
キーマンとなる従業員の雇用条件の維持を、買い手候補に確認します。従業員の不安の多くは、雇用の継続や待遇に関わるためです。
売り手として、買い手候補が承継後の雇用や、給与、勤務地、業務内容をどう扱う方針かを、交渉のなかで確認します。従業員の処遇の維持を、譲渡の条件に含めることを検討する方法もあります。確認した内容は、適切な範囲とタイミングで従業員へ伝えます。
売り手は、キーマンとなる従業員の雇用条件を、交渉の論点として早めに確認しておくことが望ましいです。
キーマンとなる従業員の役割や待遇を取り決める
キーマンとなる従業員の役割や待遇を、あらかじめ取り決める方法もあります。承継後の役割が不明確なままだと、従業員が不安を抱くためです。
承継後にどの部署で、どのような役割を担うのか、待遇はどうなるのかを、買い手候補と取り決めます。役割や待遇が明確になると、従業員が承継後の働き方を思い描きやすくなります。
売り手は、キーマンとなる従業員の承継後の役割と待遇を、買い手候補と確認しておく必要があります。
離職を防ぐ引き留めの仕組みを検討する
離職を防ぐための引き留めの仕組みを検討する方法もあります。承継後にキーマンとなる従業員が定着するよう、動機づけの仕組みを設ける場合があるためです。
たとえば、残留に対する手当や、承継後の役割の明示など、従業員が残りやすくなる仕組みを買い手候補と検討します。こうした仕組みは、リテンションと呼ばれることがあります。従業員の処遇に配慮した仕組みを設けることで、離職を抑えられる場合があります。
売り手は、キーマンとなる従業員の定着に向けた仕組みを、買い手候補とともに検討することが望ましいです。
キーマンの残留を定めるキーマン条項の仕組み
キーマンの残留は、キーマン条項という契約上の定めによって取り決めます。仕組みを3つの点から確認します。
- キーマン条項で残留を義務づける
- 対象者と期間を契約で定める
- 期間は案件により異なる
それぞれを順に解説します。
キーマン条項で残留を義務づける
キーマン条項は、キーマンの残留を契約上で義務づける定めです。ロックアップと呼ばれることもあります。
買い手候補は、事業価値の維持のために、経営者やキーマンとなる従業員が一定期間残留することを、最終契約に盛り込むことを求めることがあります。これにより、承継の直後に主要な人物が離職することを抑えます。売り手にとっては、残留の義務を負うことになります。
売り手は、キーマン条項によって残留の義務が生じる点を、契約の前に確認しておく必要があります。
対象者と期間を契約で定める
キーマン条項では、対象者と期間を契約で定めます。誰が、どのくらいの期間残留するのかを、明確にするためです。
対象者は、売り手経営者や、事業に重要な役割を担う役員、キーマンとなる従業員などです。期間は、引き継ぎに必要な期間を踏まえて設定します。対象者や期間、残留中の役割を、契約で具体的に定めます。
売り手は、自分が対象になるのか、どの期間縛られるのかを、契約の内容として確認しておく必要があります。
期間は案件により異なる
キーマン条項の残留期間は、案件によって異なります。事業の内容や引き継ぎの難しさによって、必要な期間が変わるためです。
引き継ぎに時間がかかる事業では、期間が長くなる場合があります。期間の相場や、具体的な設定の考え方については、以下の記事で解説しています。
M&Aにおけるロックアップとは?期間の相場・従業員への影響と売り手が知るべき注意点を解説
キーマン条項で縛られる側の注意点
キーマン条項では、残留を求められる側にも注意すべき点があります。売り手が確認したい点を4つ挙げます。
- 一定期間は自由な行動が制限される
- 競業避止義務で同業の活動が制限される
- 個人的な出資が制限される場合がある
- 違反すると賠償を求められる場合がある
それぞれを順に解説します。
一定期間は自由な行動が制限される
キーマン条項を結ぶと、一定期間は自由な行動が制限されます。残留の義務を負うため、その期間は退職や新しい取り組みが制限されるためです。
たとえば、残留期間中は、会社を離れて別の事業を始めることが難しくなります。引退を予定していた売り手にとっては、想定より長く関与が続く場合があります。残留期間の長さは、売り手の今後の予定に影響します。
売り手は、残留期間が自分の予定に合うかを、契約の前に確認しておく必要があります。
競業避止義務で同業の活動が制限される
競業避止義務によって、同業の活動が制限される場合があります。承継した事業と競合する活動を、一定期間行わないよう求められるためです。
競業避止義務では、同業での事業や、競合先への関与などが制限されます。制限される活動の範囲、期間、地域は、契約によって定められます。範囲が広すぎないか、期間が長すぎないかを確認します。
個人的な出資が制限される場合がある
個人的な出資が制限される場合もあります。競業避止義務の一環として、同業への出資が制限されることがあるためです。
たとえば、承継した事業と競合する会社への出資が、制限の対象になることがあります。売り手が売却後に別の投資を検討している場合、この制限が影響することがあります。制限の対象となる出資の範囲を確認します。
違反すると賠償を求められる場合がある
キーマン条項に違反すると、賠償を求められる場合があります。残留の義務や競業避止義務に反した場合、契約に基づいて損害賠償などの負担が生じるためです。
たとえば、残留期間の途中で離職した場合や、競業避止義務に反した場合に、賠償を求められることがあります。賠償の範囲や金額の考え方は、契約の内容によって異なります。違反した場合にどのような負担が生じるのかを確認します。
売り手の立場でキーマンの処遇を設計するならFAに相談する
キーマンの処遇は、売り手の立場で支援するFAに相談しながら設計する方法もあります。仲介とFAの違いを踏まえて確認します。
- 仲介は買い手も見るため処遇交渉が偏りやすい
- FAは売り手側で処遇の条件を設計する
それぞれを順に解説します。
仲介は買い手も顧客となるため処遇交渉が偏りやすい
仲介は買い手も見るため、処遇の交渉が買い手候補の側に偏りやすい面があります。仲介は、売り手と買い手候補の双方から手数料を受け取り、双方の間に立つ立場だからです。
双方の間に立つ仲介では、取引の成立が優先され、売り手経営者の残留の条件や、キーマンとなる従業員の処遇の交渉が、買い手候補の要望に寄る場合があります。処遇の条件をどこまで反映できるかは、支援者の立場によって変わります。
売り手は、支援者が誰の立場で動くのかを理解しておく必要があります。
FAは売り手側で処遇の条件を設計する
FAは、売り手側に立って処遇の条件を設計します。FAは、依頼者である売り手のみを支援する立場だからです。
売り手経営者の残留期間や役割、報酬、個人保証の解除、キーマンとなる従業員の待遇などの条件を、売り手の意向を踏まえて整理しやすくなります。処遇を交渉方針に反映しやすくなる場合があります。
売り手の立場でのM&Aの進め方やFAの役割については、以下の記事でも解説しています。
「FAサービス」の売却アプローチとは?事業承継M&Aを有利に進めるための知識
M&Aのキーマンの処遇に関するよくある質問
M&Aのキーマンの処遇について、よく寄せられる質問を確認します。
キーマン条項とロックアップは同じ意味ですか?
キーマン条項とロックアップは、ほぼ同じ意味で使われます。どちらも、キーマンが一定期間、会社に残留することを取り決める定めを指します。文脈によって呼び方が異なりますが、指している内容はおおむね同じです。売り手として、両方の言葉が同じ定めを指す点を理解しておくと、交渉の内容を把握しやすくなります。
キーマン条項を拒否することはできますか?
キーマン条項を結ぶかどうかは、交渉によって決まります。売り手が残留を望まない場合、条項を設けない方向で交渉することも考えられます。ただし、事業価値がキーマンに依存している場合、買い手候補が定着を重視し、譲渡価格や条件の見直しにつながる場合があります。残留の希望と条件のバランスを踏まえて、交渉することが望ましいです。
残留期間が終わったら競合他社で働けますか?
残留期間が終わった後の活動は、競業避止義務の内容によって変わります。競業避止義務が定められている場合、残留期間の終了後も、一定の期間や範囲で同業の活動が制限されることがあります。制限の期間や範囲は契約によって異なるため、契約の前に競業避止義務の内容を確認しておく必要があります。
キーマンである従業員が退職したらM&Aはどうなりますか?
キーマンである従業員の退職がM&Aに与える影響は、契約の内容や退職の時期によって変わります。キーマン条項の対象となっている従業員が退職した場合、契約に基づいて対価や条件に影響することがあります。キーマンである従業員の定着への配慮を、交渉の段階から進めることが望ましいです。
まとめ
M&Aでは、事業価値の維持に重要なキーマンの処遇が、交渉の論点になります。キーマンには、事業を支える売り手経営者、経営や現場を担う役員、業績や技術を握るキー従業員が含まれます。
売り手経営者自身の処遇では、引き継ぎのための残留期間、残留期間中の役割、役員退職金の扱い、個人保証の解除が論点になります。キーマンの残留は、キーマン条項によって取り決められ、対象者や期間、競業避止義務、違反時の賠償などを契約で定めます。売り手として、縛られる側の注意点を、契約の前に確認しておくことが重要です。
キーマンとなる従業員の雇用条件や、自分自身の処遇の条件を有利に設計するには、売り手の立場で支援するFAに相談しながら交渉を進める方法があります。
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