M&Aの退職給付債務とは?売却価格への影響と売り手が進める3つの準備を解説

2026.10.27

公開日:2026.10.27

2026.10.27

2026.10.27

更新日:2026.10.27

2026.10.27

M&Aの退職給付債務とは?売却価格への影響と売り手が進める3つの準備を解説

退職給付債務は、従業員に将来支払う退職金のうち、すでに発生している分を示す負債です。M&Aで売却価格から差し引かれる仕組み、制度の種類による違い、簿外債務になりやすいケース、売り手が進める準備と注意点を解説します。

退職金規程はあるが、決算書には退職金の負債をほとんど載せていない。売却を考え始めた経営者が、買い手候補との交渉で初めて退職給付債務という言葉に向き合うこともあります。退職給付債務は、従業員に将来支払う退職金のうち、すでに発生している分を示す負債です。M&Aでは、外部に積み立てていない分が借入金と同じように扱われ、売却価格から差し引かれる場合があります。本記事では、売却価格に影響する仕組みと、退職金制度の種類による違いを確認したうえで、簿外債務になりやすいケースを解説します。あわせて、売り手が売却前に進める準備と注意点を示します。

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退職給付債務とは

退職給付債務とは、従業員が退職するときに支払う退職金や企業年金のうち、評価する時点までの勤務によってすでに発生している分を、現在の価値に引き直した金額です。従業員がまだ辞めていなくても、働いた期間に応じて支払う義務は積み上がっていると考えます。

退職給付に関する会計基準|企業会計基準委員会

会計基準は、退職給付債務から、外部に積み立てた年金資産を差し引いた額を負債として計上するとしています。

M&Aでは、退職給付の負債が会社の実質的な借金として扱われます。あずさ監査法人(KPMG)の解説でも、退職給付の負債は通常、企業価値の評価で負債の一つとして扱われるとしています。

退職金の規程がある会社は、自社の退職給付債務がいくらになるのかを、売却の検討を始めた段階で把握します。

帳簿に載っていない債務の種類と確認方法は、下記をご覧ください。

M&Aにおける簿外債務の対策とは?種類やリスク、売り手側の確認ポイントを解説

退職給付債務の未積立分は売却価格から差し引かれる

外部に積み立てていない退職給付債務は、評価方法を問わず、売却価格を押し下げる要因になる場合があります。影響の出方は、評価方法によって以下の3つに分かれます。

M&Aにおける年金・退職金制度の対応|KPMG

  • DCF法などでは有利子負債と同じく企業価値から差し引かれる
  • 時価純資産法では負債として計上され純資産が減る
  • 年買法では減った時価純資産を通じて価格が下がる

それぞれを順に解説します。

DCF法などでは有利子負債と同じく企業価値から差し引かれる

将来の収益をもとに評価するDCF法などでは、未積立の退職給付債務は借入金と同じく企業価値から差し引かれます。 株式の価値は、企業価値から有利子負債などを引いて求めるためです。

中小M&Aガイドライン|中小企業庁

退職給付債務が1億円あれば、借入金が1億円多い場合と同じように評価に影響することがあります。

買い手候補が退職給付債務を有利子負債に準ずるものとして扱っているかを、提示された価格の計算書で確認します。

DCF法の計算方法については、下記で解説しています。

DCF法とは?M&Aでの計算方法やメリット・デメリットを売り手目線で解説

時価純資産法では負債として計上され純資産が減る

資産と負債を時価で評価する時価純資産法では、退職給付債務は負債に計上され、純資産が減ります。 決算書に計上していない会社では、評価の段階で負債が新たに加わります。

中小企業庁のガイドラインも、未計上の退職給付債務を、問題になりやすい簿外債務の例に挙げています。

決算書の純資産と、退職給付債務を加えた後の純資産を並べ、差額を把握します。

売却の進め方や仲介会社から提案を受けた際の注意点を、弁護士監修のガイドにまとめています。無料でダウンロードできます。

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年買法では減った時価純資産を通じて価格が下がる

時価純資産に数年分の利益を加える年買法でも、退職給付債務の分だけ価格が下がります。 計算の土台となる時価純資産が減るためです。

利益の数年分を上乗せしても、退職給付債務の大きい会社では、上乗せの効果が相殺されます。

従業員の勤続年数が長い会社ほど、債務は大きくなる傾向があります。年買法での目安の価格を、債務を差し引いた後の金額で計算し直します。

年買法の計算方法は、下記で詳しく解説しています。

年買法とは?M&Aでの計算方法と注意点を売り手目線で解説

退職金制度の種類で退職給付債務の有無が変わる

退職給付債務の大きさは、制度の種類によって変わります。厚生労働省の令和5年の調査では、従業員30〜99人の企業のうち、退職給付制度がある企業の77.2%が退職一時金制度のみです。

令和5年就労条件総合調査 結果の概況|厚生労働省

  • 退職一時金を社内で準備している会社は全額が債務になる
  • 確定給付企業年金に入っている会社は積立不足が債務になる
  • 中退共や確定拠出年金だけの会社は追加の債務が生じにくい

それぞれを順に解説します。

退職一時金を社内で準備している会社は全額が債務になる

退職一時金を会社の資金で支払う制度では、退職給付債務の全額が会社の債務になります。 外部に積み立てた資産がないため、差し引けるものがないからです。

中小企業の会計に関する指針|日本税理士会連合会

生命保険などで退職金の原資を準備していても、会計上の年金資産にはあたらない場合があります。

社内で準備している会社は、退職金規程に沿って全従業員の支給額を試算します。

確定給付企業年金に入っている会社は積立不足が債務になる

確定給付企業年金に入っている会社では、退職給付債務が年金資産を上回る積立不足の分が債務になります。 会計基準は、両者の差額を負債として計上するとしています。

退職給付に関する会計基準|企業会計基準委員会

年金資産は株式などで運用されているため、市場の動きで増減します。

年金の受託機関から、直近の年金資産の額と財政の状況の資料を取り寄せます。

中退共や確定拠出年金だけの会社は追加の債務が生じにくい

中小企業退職金共済(中退共)や確定拠出年金だけで退職金を支払う会社は、追加の債務が生じにくい制度です。 会社は毎月の掛金を払えば、掛金を超える支払い義務を負わないためです。

KPMGも、確定拠出年金は負債の計上が不要であるとしています。

ただし、規程で中退共の支給額を上回る退職金を定めていれば、差額は会社の債務になります。規程と中退共の支給額を照らし合わせます。

中小企業の退職給付債務は期末の自己都合要支給額で計算できる

退職給付債務の計算には、将来の昇給や退職の確率を見積もる原則的な方法と、より簡単な簡便法があります。退職給付に関する会計基準の適用指針は、原則として従業員が300人未満の小規模な会社などに簡便法を認めています。

簡便法の代表的なやり方が、期末自己都合要支給額を使う方法です。期末の時点で全従業員が自己都合で退職したと仮定し、規程に沿って支払う退職金の合計を退職給付債務とします。

計算は単純ですが、M&Aでは次の点に注意が必要です。

  • 定年や会社都合の退職では、自己都合より支給額を高く定める規程もある
  • 買い手候補が会社都合の支給額で評価し直すことがある
  • 買い手との統合で対象者が300人を超えると、原則的な方法への切り替えが必要になる可能性がある

KPMGは、簡便法を採用している会社が買い手と統合する場合、原則的な方法に切り替わることで債務が増える額を分析するとしています。

自己都合と会社都合の両方の支給額を試算し、差額を把握しておきます。

退職給付債務が簿外債務になりやすい3つのケース

決算書に載っていない退職給付債務は、買い手候補の調査で見つかると減額につながる可能性があります。簿外債務になりやすいケースは以下の3つです。

  • 退職金規程があるのに引当金を計上していない
  • 規程にない慣行で退職金を払っている
  • 会社都合退職の割増や功労加算を見込んでいない

それぞれを順に解説します。

退職金規程があるのに引当金を計上していない

退職金規程があるのに、退職給付引当金を計上していない会社もあります。 引当金を計上しても税務上の費用にならないため、計上を見送ることがあるためです。

決算書には現れなくても、規程に基づく支払い義務は存在します。

買い手候補の調査では、規程から債務を計算し直します。売り手も、規程に沿った債務の額を先に試算しておきます。

規程にない慣行で退職金を払っている

規程がなくても、長年の慣行で退職金を払っている場合は、債務として扱われることがあります。 繰り返し支払われてきた退職金は、従業員の労働条件の一部とみなされる場合があるためです。

過去の支給の実績から、支給の基準が読み取れることもあります。

慣行で払ってきた退職金の金額と算定の考え方を、過去の支給記録から一覧にします。

会社都合退職の割増や功労加算を見込んでいない

会社都合の退職での割増や、功労加算を見込んでいないと、債務が過小になります。 早期退職の割増が恒常的に行われている場合などです。

KPMGは、会計上は負債の計上が不要とされる給付でも、金額が大きければ企業価値の評価では織り込んだ方がよいとしています。

割増や加算の実績と、規程上の条件を一覧にします。

M&Aの手法で退職給付債務の引き継ぎ方が変わる

退職給付債務の行き先は、M&Aの手法によって異なります。誰が債務を負い、価格でどう調整するかが変わります。主な手法ごとの扱いは以下の3つです。

  • 株式譲渡では会社が債務をそのまま持ち続ける
  • 事業譲渡では転籍する従業員ごとに扱いを決める
  • 合併では存続会社が債務を承継する

それぞれを順に解説します。

株式譲渡では会社が債務をそのまま持ち続ける

株式譲渡では、退職給付債務は会社に残り、会社が引き続き負います。 株主が変わるだけで、従業員との雇用関係も退職金規程も変わらず続くためです。

買い手候補は、引き継ぐ債務の分を株式の価格から差し引いて考えます。

債務の額をめぐる見解の違いは、価格の交渉に影響します。債務の計算の根拠を、買い手候補に示せるよう準備します。

事業譲渡では転籍する従業員ごとに扱いを決める

事業譲渡では、転籍する従業員ごとに、退職金の扱いを決めます。 民法第625条第1項は、使用者は労働者の承諾を得なければ雇用契約上の権利を第三者に譲れないとしており、従業員は個別の同意を得て転籍するためです。

売り手で退職金を精算する方法と、買い手が勤続年数を通算して引き継ぐ方法があります。

引き継ぐ場合は、引き継ぐ債務の分を譲渡価格で調整します。

事業譲渡での転籍の手続きは、下記をご覧ください。

事業譲渡が従業員に与える影響とは?転籍手続きや拒否された時の対応も紹介

合併では存続会社が債務を承継する

合併では、消滅する会社の退職給付債務を、存続する会社がまとめて承継します。 会社法第750条第1項は、存続会社が消滅会社の権利義務を承継すると定めています。

承継の後には、二つの会社の退職金制度をどう統合するかが課題になります。

統合で給付の水準が変わる場合は、従業員の同意や経過措置を検討します。

売り手が売却前に進める3つの準備

退職給付債務は、準備によって交渉の進み方が変わる場合があります。売り手が売却前に進める準備は主に以下の3つです。

  • 退職金規程と過去の支給実績を一覧にする
  • 買い手候補が使う計算の前提を確かめる
  • 最終契約書で退職給付の範囲と価格調整の方法を決める

それぞれを順に解説します。

退職金規程と過去の支給実績を一覧にする

最初に、退職金規程と過去の支給の実績を一覧にします。 債務の計算の土台になる資料であり、買い手候補が最初に求める資料でもあります。

一覧にする主な資料は次のとおりです。

  • 退職金規程と改定の履歴
  • 従業員ごとの入社日、勤続年数、退職金の算定基礎
  • 過去数年の退職者と支給額

資料がそろえば、買い手候補の調査にも早く答えられます。

買い手候補が使う計算の前提を確かめる

買い手候補が退職給付債務をどの前提で計算しているかを確かめます。 同じ規程でも、計算の前提によって債務の額が変わるためです。

M&Aにおける年金・退職金制度の対応|KPMG

KPMGによると、10年の社債の利回りは2022年2月末の0.45%から2023年2月末に1.09%へ上昇し、一般的な制度では債務が6〜9%程度減る水準とされています。

割引率や、自己都合と会社都合のどちらで計算したかを確認します。

最終契約書で退職給付の範囲と価格調整の方法を決める

最終契約書で、退職給付として扱う範囲と、価格の調整の方法を決めます。 調査の後に金額が変わった場合の扱いを、事前に決めておく必要があるためです。

KPMGも、影響額を買収価格に織り込むか、事後的な価格調整を売買契約書に盛り込むことを検討するとしています。

役員退職慰労金や割増退職金を含めるかどうかも、契約書で明確にします。

最終契約書の表明保証については、下記で解説しています。

M&Aにおける表明保証条項とは?重要性や内容、注意点を解説

退職給付債務の扱いで売り手が注意する4つの点

退職給付債務には、売り手が見落としやすい論点があります。注意したい点は主に以下の4つです。

  • 売却前に退職金制度を引き下げると不利益変更になるおそれがある
  • 確定給付企業年金から抜けると掛金の一括拠出を求められる場合がある
  • 買い手候補が大企業だと中退共の契約を続けられない場合がある
  • 役員の退職慰労金は従業員の退職給付債務と分けて扱う

それぞれを順に解説します。

売却前に退職金制度を引き下げると不利益変更になるおそれがある

債務を減らすために売却前に退職金を引き下げると、労働条件の不利益変更になるおそれがあります。 労働契約法第9条は、労働者と合意せずに就業規則を変えて、労働条件を不利益に変えることを原則として認めていません。

制度を見直す場合は、従業員の同意と経過措置を検討します。

確定給付企業年金から抜けると掛金の一括拠出を求められる場合がある

グループで共同して運営する確定給付企業年金から抜ける場合、掛金の一括拠出を求められることがあります。 KPMGは、積立不足があると、脱退時に年金規約に定める掛金の一括拠出が求められることがあるとしています。

年金規約と財政の状況を確認し、想定される負担額を試算します。

買い手候補が大企業だと中退共の契約を続けられない場合がある

中退共は中小企業のための制度で、会社が中小企業者でなくなると、原則として契約は解除されます。 買い手との合併などで会社の規模が基準を超える場合が該当します。

解除の際、従業員は解約手当金を受け取るほか、一定の要件を満たす場合は確定給付企業年金などへの資産の移換を選べます。売却後の会社の規模と、退職金制度の行き先を買い手候補と確認します。

役員の退職慰労金は従業員の退職給付債務と分けて扱う

役員の退職慰労金は、従業員の退職給付債務とは分けて扱います。 支給の根拠も、決め方も異なるためです。

オーナー経営者の退職慰労金は、売却の対価の受け取り方とも関係します。

役員退職慰労金の規程の有無と、支給の予定額を、従業員の退職金とは別に確認します。

役員退職慰労金の決め方と、売却時の受け取り方は、下記をご覧ください。

役員退職慰労金はM&Aでいくらまで?功績倍率法と損金算入の3要件を解説

売却対価の「手取り」を増やすには?売り手オーナー経営者が知るべき「退職金を活用した譲渡手法」

退職給付債務に関するよくある質問

退職給付債務について、経営者から寄せられることの多い質問を3つ取り上げます。引当金を計上すると税金が減るか、計算を誰に頼むか、年金資産が多い場合の扱いの3点です。

退職給付引当金を計上すると法人税は減りますか?

減りません。退職給付引当金を計上しても、税務上の費用にはならないためです。実際に退職金を支払った時点で、費用として扱われます。引当金は、税金のためではなく、会社の実態を決算書に表すために計上するものです。

退職給付債務の計算は誰に頼めばよいですか?

簡便法であれば、顧問の税理士や公認会計士に依頼できます。確定給付企業年金に入っている会社は、年金の受託機関が計算の資料を持っています。原則的な方法での計算は、年金数理の専門家に依頼するのが一般的です。

年金資産が退職給付債務を上回る場合はどう評価されますか?

会計上は、上回る分が資産として計上されます。ただし、年金資産は会社が自由に取り崩せないため、M&Aでは全額が価値として認められるとは限りません。買い手候補がどう評価するかを、交渉の中で確認します。

まとめ

退職給付債務は、従業員に将来支払う退職金のうち、すでに発生している分を示す負債です。M&Aでは、外部に積み立てていない分が借入金と同じように扱われ、売却価格から差し引かれる場合があります。

要点は以下のとおりです。

  • 退職一時金を社内で準備する会社は全額が、確定給付企業年金は積立不足が債務になる
  • 中小企業は期末自己都合要支給額で計算できるが、買い手候補が会社都合で評価し直すことがある
  • 引当金の未計上や慣行の退職金、割増の支給は簿外債務になりやすい
  • 規程と支給実績を一覧にし、買い手候補の計算の前提を確かめる
  • 売却前の制度の引き下げは、不利益変更になるおそれがある

退職給付債務は、交渉の終盤で減額の理由になることがある項目です。売却を考え始めた段階で金額を試算し、根拠を示せるよう準備してください。

退職給付の範囲や価格調整など、最終契約で確認しておきたい項目は、弁護士監修のチェックリストでも確認できます。

【無料資料】最終契約前に弁護士と共に確認するべき契約書の項目

オーナーズ株式会社では、売り手に特化したFA(ファイナンシャル・アドバイザー)サービスを展開しています。専属のエージェントがお客様の理想の取引実現に向けて、お客様のご希望に即したサービスをとことん提供いたします。よりよい評価額での売却に向けたアドバイスを受けられるだけでなく、余計な仲介手数料を削減した案件成約も実現可能です。 また、具体的な買いニーズを持っている企業のほか、業界・買い手企業分析に基づき事業親和性の高い企業を買い手候補としてご提案します。大手金融機関や大手M&A仲介、M&Aマッチングサービスとも連携しているため、買い手探索のルートが豊富です。 まずは一度、弊社の無料相談サービスをご利用ください。

株価算定シミュレーター

この記事の著者

RISONAL編集部(オーナーズ )

RISONAL編集部

売り手の理想のM&Aの実現に特化した専属M&Aエージェントサービスおよび事業オーナー向けの資産運用サービスを提供するオーナーズ株式会社

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