M&A前の配当の注意点とは?個人と法人で変わる税負担と3つの確認事項

2026.09.03

公開日:2026.09.03

2026.09.03

2026.09.03

更新日:2026.09.03

2026.09.03

M&A前の配当の注意点とは?個人と法人で変わる税負担と3つの確認事項

会社に貯まってきた現金を、売却の前に配当で受け取っておくべきではないか。M&Aを検討し始めた経営者から、よく挙がる疑問です。「節税になる」と聞く一方で、「価格が下がる」「買い手候補に嫌がられる」という話もあり、判断がつかずにいる売り手の方も少なくありません。

結論から言えば、M&A前の配当が有利かどうかは、株主が個人か法人かで変わり、実行の時期によっては契約上の制約も受けます。思い込みで動く前に、構造を知っておくことが手取りを守ります。

本記事では、M&A前の配当が注意される理由、売却価格との関係、個人株主と法人株主の違い、実行前に確認したい3つの点、そして配当以外の受け取り方との比較を解説します。

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M&A前の配当が注意される理由

M&A前の配当が注意を要するのは、会社の現金や利益の蓄積が売却価格の評価に反映されるため、配当で先に受け取っても受け取る総額が増えるわけではなく、税負担や契約上の制約によってかえって不利になる場合があるからです。

「自分が貯めた現金なのだから、売る前に出しておきたい」という発想は自然なものです。ただ、その現金は買い手候補から見れば対象会社の価値の一部であり、配当で外へ出せば価格の評価も動きます。つまり検討すべきは「配当するかどうか」ではなく、価格・税金・契約の3つの面から見て、どの形で受け取ると手取りが多く残るかという比較です。

この比較の結論は、株主が経営者個人なのか、親会社などの法人なのかで変わります。自社がどちらの型かを意識しながら読み進めてください。

会社の現金は売却価格に反映される

中小企業のM&Aにおける価格評価では、事業の収益力に加えて、対象会社が保有する現預金や純資産の状況が織り込まれます。現金が厚い会社はその分価格の評価が高くなる方向に働き、配当で現金を社外へ出せば、評価の基礎はその分小さくなる方向に働きます。

この構造から導かれる結論は単純です。「配当で受け取る分」と「売却価格で受け取る分」は原則としてトレードオフの関係にあり、両方を二重に受け取ることはできません。配当を実行しても、総額が増えるのではなく、受け取りの形が変わるだけです。

そのため検討の軸は、同じ価値をどの形で受け取ると税引後の手取りが多いか、という比較に置く必要があります。売却価格がどのように決まるかは、以下の記事で解説しています。

会社の売却価格はどう決まる?決まり方の流れや価格を高める方法を売り手目線で解説

株主が個人か法人かで配当の有利不利が変わる

M&A前の配当の損得は、配当を受け取る株主の属性によって結論が分かれます。同じ事前配当でも、税の枠組みが正反対に働くためです。

分かれ方は、以下の2つです。

  • 個人株主の配当は総合課税で税負担が重くなりやすい
  • 法人株主の配当は益金不算入で税負担を抑えられる場合がある

それぞれを順に解説します。

個人株主の配当は総合課税で税負担が重くなりやすい

経営者個人が株主の場合、非上場株式の配当は原則として総合課税の対象となり、給与など他の所得と合算した累進税率で課税されます。総合課税を選んだ配当所得には配当控除(配当を受けた人の税額から一定割合を差し引く制度)の適用がありますが、控除率は課税総所得金額に応じて10%または5%のため、累進税率の高さを打ち消すには至りません。一方、株式を譲渡した場合の所得は申告分離課税で、税率は20.315%です。この20.315%は所得税及び復興特別所得税15.315%と住民税5%の合計で、2026年8月時点の税率です。

所得の大きい経営者ほど累進税率は高くなるため、多くの場合、配当で受け取るより譲渡対価に含めて受け取る方が税負担を抑えやすくなります。「現金を抜いてから売る」つもりの配当が、結果として手取りを減らす方向に働き得るということです。自分の所得水準でどちらが有利かは、実行前に税理士へ試算を依頼して確かめてください。

※参考:国税庁「No.1330 配当金を受け取ったとき(配当所得)

※参考:国税庁「No.1463 株式等を譲渡したときの課税(申告分離課税)

法人株主の配当は益金不算入で税負担を抑えられる場合がある

親会社が子会社株式を売却する形のM&Aでは、配当の位置づけが変わります。法人が受け取る配当には、受取配当等の益金不算入という法人税の制度があり、持株割合などの要件に応じて配当の一部または全部が課税所得に算入されないためです。売却前に子会社から配当を受けておくことで、グループ全体の税負担を抑えられる場合があります。

ただし、この制度には適用要件の区分があり、配当と株式の帳簿価額をめぐる特例など、効果を制限する仕組みもあります。「事前配当をすれば有利」と単純化できる領域ではないため、持株会社で子会社の売却を検討している場合は、スキームの設計段階から税理士による試算が要ります。

※参考:国税庁「法人税基本通達 第1節 受取配当等の益金不算入

なお、自己株式の取得など、税務上「配当とみなされる」取引もあります。仕組みは以下の記事で解説しています。

M&Aでみなし配当は発生する?課税の仕組みや手取りへの影響を売り手目線で解説

M&A前の配当で注意したい3つの点

M&A前の配当には、税金の損得とは別に、契約と会社法の面からの制約があります。実行前に確かめておきたい点を挙げます。

  • 交渉開始後の配当は買い手候補の承諾が要る場合がある
  • 分配可能額を超える配当はできない
  • 節税目的だけの配当は期待した効果が出ない場合がある

それぞれを順に解説します。

交渉開始後の配当は買い手候補の承諾が要る場合がある

買い手候補との交渉が始まった後の配当は、売り手の一存では実行できなくなる場合があります。基本合意書や最終契約書には、クロージングまでの間の会社運営を縛る誓約事項(コベナンツ。当事者が守ると約束する取り決め)が置かれるのが通常です。対象会社の財産を社外へ流出させる行為はその代表的な制限対象であり、配当も含まれます。

交渉開始後に相談なく配当を実行すると、価格の再協議、契約条件の見直し、買い手候補との信頼関係の悪化につながる場合があります。配当を予定しているなら、交渉の早い段階でその旨を共有し、実行の可否と時期を契約書に明記しておくことが重要です。基本合意書がどこまで売り手を拘束するかは、以下の記事で解説しています。

M&Aの基本合意書(MOU)とは?記載内容・法的拘束力・独占交渉権と売り手の注意点を解説

分配可能額を超える配当はできない

配当には会社法上の財源規制があり、原則として分配可能額の範囲内でしか実行できません。現金が手元にあることと、配当できることは別の問題です。

直前期の業績、過去の自己株式の取得、その他の純資産の状況によっては、想定していた金額を配当できない場合があります。分配可能額の計算には会計上の調整項目が絡むため、金額の見込みを立てる段階で、会計士や税理士に確認を依頼してください。分配可能額を超えて配当した場合、会社法上は、配当を受け取った株主と、その配当の職務を行った業務執行者などが、会社に対して連帯して支払義務を負うと定められています。M&Aの法務デューデリジェンスでも確認される事項です。

節税目的だけの配当は期待した効果が出ない場合がある

税負担の軽減だけを目的とした売却直前の配当は、想定した効果が得られない場合があります。法人株主の益金不算入には効果を制限する特例があり、個人株主では総合課税によってむしろ負担が増える方向に働き得るためです。

また、事業上の理由なく実行時期だけを売却に合わせた配当は、税務上の取り扱いをめぐって論点化するおそれもあります。「節税になる」という一般論ではなく、自社の株主構成・持株割合・所得状況を前提にした個別の試算を行い、そのうえで実行の是非を判断する進め方が求められます。

売却前に現金を受け取る方法の比較

売却にあたって経営者が会社の価値を受け取る方法は、配当だけではありません。代表的な3つの形を比較します。

受け取り方税の枠組み実務での使われ方注意点
配当で受け取る個人は原則として総合課税事前の現金化として検討されることがある累進税率で負担が重くなりやすく、交渉開始後は契約上の制約を受ける場合がある
役員退職金で受け取る退職所得としての課税中小企業のM&Aで広く使われている金額の決め方と損金算入に税務上の枠がある
譲渡対価に含めて受け取る申告分離課税売却の基本形価格交渉の結果に依存する

中小企業のM&Aの実務では、譲渡対価の一部を役員退職金として受け取る形が広く使われています。どの組み合わせが有利かは、対価の規模、役員としての在任年数、株主構成によって変わるため、スキーム設計の段階での試算が判断の材料になります。役員退職金の金額の考え方と税務上の要件は、以下の記事で解説しています。

役員退職慰労金はM&Aでいくらまで?功績倍率法と損金算入の3要件を解説

M&A前の配当でよくある質問

M&A前の配当について、売り手からよく寄せられる疑問に回答します。

売却前に会社の現金は使い切った方がよいのですか?

使い切る必要はありません。会社の現金は売却価格の評価に反映されるため、無理に減らしても総額が増えるわけではなく、かえって運転資金の不足を招くおそれがあります。

なお、事業に関係のない資産をどう扱うかは、現金を減らす話とは別の論点です。ゴルフ会員権や事業に使っていない不動産などの整理の要否は、買い手候補との協議やスキームの設計のなかで決まっていきます。

毎年続けてきた配当はM&Aの交渉中も続けてよいのですか?

従来から続けてきた通常の範囲の配当は、交渉中も認められる場合が多いといえます。契約で制限されるのは、主に通常と異なる規模や時期の財産流出だからです。

ただし、認められるかどうかの線引きは契約の書き方次第です。交渉段階に入ったら、例年の配当の金額と時期を買い手候補に共有し、基本合意書や最終契約書で通常配当の扱いを明記しておくと、認識齟齬を抑えやすくなります。

配当をすると売却価格はどのくらい下がるのですか?

一律の計算式はありません。現金の減少が価格にどう織り込まれるかは、採用される評価方法と買い手候補との交渉によって決まります。

実務では、配当で流出した現金に近い分だけ評価の基礎が小さくなる方向に働くことが多いため、「配当した分は価格から引かれる」に近い前提で考えておくと判断を誤りにくくなります。だからこそ、比較すべきは受け取りの総額ではなく、配当・退職金・譲渡対価それぞれの税引後の手取りです。

まとめ

M&A前の配当は、会社の現金が売却価格に反映されるというトレードオフの構造の上にある選択です。個人株主では総合課税によって不利になりやすく、法人株主では益金不算入によって有利になる場合がある一方で特例の制限があり、交渉開始後は買い手候補の承諾という契約上の制約も受けます。分配可能額の確認を含め、実行の是非は「税引後の手取り比較」と「実行時期」の2軸で判断することが要点です。

売却全体でかかる税金と手取りの考え方は、以下の記事で解説しています。

会社売却後にかかる税金は?計算方法や確定申告、税引後手取りを増やす対策を解説

現金の受け取り方の設計は、スキームと価格交渉に直結するため、売却プロセスの初期に固めるほど選択肢が残ります。税理士と連携できる売り手側の専門家に早めに相談することが、納得度の高い手取りの実現につながりやすくなります。

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この記事の著者

RISONAL編集部(オーナーズ株式会社 )

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