DCF法と時価純資産法の違いとは?5つの比較軸と実務の年倍法・マルチプル法を解説
公開日:2026.09.03
2026.09.03
更新日:2026.09.03
2026.09.03
DCF法と時価純資産法は、企業価値を測る代表的な2つの手法ですが、見ている対象がまったく異なります。違いを知らないまま交渉に臨めば、提示額の妥当性を判断できません。
本記事では、2つの手法の中身を整理したうえで、5つの比較軸で違いを示します。あわせて、実務での使い分けと、中小M&Aで主流となる年倍法・マルチプル法の比較を解説します。
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DCF法とは
DCF法とは、ディスカウンテッド・キャッシュ・フロー法の略称で、事業が将来生み出すキャッシュフローを現在価値に割り引いて企業価値を測る手法です。将来の収益力を評価に織り込む点が特徴で、インカムアプローチと呼ばれる分類に属します。
中小企業庁の中小M&Aガイドラインも、仲介者・FAが提供する業務の例にDCF法を挙げています。財務状況の分析を踏まえたバリュエーションを、時価純資産法・マルチプル法・DCF法等の複数のアプローチにより実施すると記載されています。
※参考:中小企業庁「中小M&Aガイドライン(第3版)」第2章Ⅱ4(2)①M&Aのプロセスごとに提供する主な業務の例
計算には、将来のキャッシュフローの見積り、現在価値への割引率、予測期間経過後の価値という3つの要素が必要です。前提の置き方で結果が動くため、根拠の確認が欠かせません。
計算方法やメリット・デメリットは、以下の記事で詳しく解説しています。
DCF法とは?M&Aでの計算方法やメリット・デメリットを売り手目線で解説
時価純資産法とは
時価純資産法とは、貸借対照表の資産と負債を時価で評価し直し、差額の純資産を企業価値とみなす手法です。財産の実質価値を測る考え方で、コストアプローチと呼ばれる分類に属します。
簿価との差が出やすい項目は次のとおりです。
- 土地・建物:取得時の簿価と現在の相場が乖離
- 有価証券・保険積立金:解約返戻金や時価と簿価が相違
- 売掛金:回収見込みのない債権が残存
- 棚卸資産:長期滞留品が簿価のまま計上
- 退職給付:引当金が不足
中小M&Aガイドラインは、中小M&Aで用いられる手法として簿価純資産法・時価純資産法・類似会社比較法を挙げています。
※参考:中小企業庁「中小M&Aガイドライン(第3版)」第1章Ⅱ3(3)バリュエーション
実務で用いられるのは、資産管理会社や不動産保有会社など事業を営んでいない会社の評価や、解散価値の算定を目的とする場面です。まずは直近の貸借対照表から、上記5項目の簿価と時価の差を書き出します。
DCF法と時価純資産法の5つの違い
同じ会社を評価しても、2つの手法では見ている対象が異なります。金額の差だけでなく、必要な資料や手間まで変わります。違いは以下の5点です。
- 評価の基準になるもの
- 計算方法と必要な資料
- 将来の収益性の扱い
- 評価額の客観性
- 評価にかかる手間と費用
それぞれを順に解説します。
評価の基準になるもの
DCF法と時価純資産法の違いのうち、最初に押さえるべきは評価の基準です。DCF法は将来のキャッシュフロー、時価純資産法は現時点の資産と負債を基準とします。
対比は次のとおりです。
| 項目 | DCF法 | 時価純資産法 |
|---|---|---|
| 見る対象 | 将来の収益 | 現在の財産 |
| 時間軸 | 未来 | 現時点 |
| 分類 | インカムアプローチ | コストアプローチ |
| 適した会社 | 事業を営み収益が見込める会社 | 解散を想定している会社や資産保有会社 |
実務では、利益が出ている事業会社に収益を基礎とする手法、解散を検討しているような会社や資産保有型の会社に時価純資産法が用いられる傾向にあります。ただしDCF法も保有資産の時価を無視するわけではなく、優劣は断じられません。
計算方法と必要な資料
DCF法と時価純資産法の違いは、計算に必要な資料にも表れます。DCF法は将来の予測、時価純資産法は現在の資産評価を扱うため、集める書類が変わります。
必要となる主な資料は次のとおりです。
- DCF法:中期事業計画、設備投資計画、運転資本の見込み、過去の実績値
- 時価純資産法:貸借対照表、勘定科目内訳明細書、不動産の評価資料、保険証券
DCF法は事業計画がなければ成立しません。自社に中期事業計画があるかを確認し、なければ作成の要否を支援機関と相談します。
将来の収益性の扱い
DCF法と時価純資産法の違いのうち、評価額への影響が大きいのが将来収益の扱いです。DCF法は将来の収益を計算に組み込みますが、時価純資産法は組み込みません。
影響が出る場面は次のとおりです。
- 新規事業が立ち上がり、数年後の利益拡大が見込める
- 大型設備を導入し、生産能力が上がる予定がある
- 主力商品の需要が伸びており、受注が積み上がっている
時価純資産法では、将来の見込みは評価に反映されません。成長の根拠を数字で示せる材料があるかを棚卸しし、算定手法の選択に反映させます。
評価額の客観性
DCF法と時価純資産法の違いは、評価額の客観性にも及びます。時価純資産法は現存する資産の評価であるため検証しやすく、DCF法は将来の前提に依存するため幅が出ます。
DCF法で結果が動く要素は次のとおりです。
- 売上や利益の成長率をどう置くか
- 割引率をどの水準に設定するか
- 予測期間を何年とし、期間経過後の価値をどう扱うか
前提が変われば評価額は大きく変わります。企業価値評価の全体像は、以下の記事で確認できます。
企業価値評価(バリュエーション)を算出する方法は?重要性や価値を高めるポイントも紹介
評価にかかる手間と費用
DCF法と時価純資産法の違いは、実務の負担にも表れます。DCF法は事業計画の作成と検証を伴うため、時価純資産法より工数がかかります。
中小M&Aガイドラインは、仲介者について、確定的なバリュエーションを実施すべきではなく、依頼者に対し必要に応じて士業等専門家等の意見を求めるよう伝える必要があるとしています。
※参考:中小企業庁「中小M&Aガイドライン(第3版)」第2章Ⅱ4(3)バリュエーション
簡易な参考値と、専門家による確定的な評価は別物です。受け取った算定結果が簡易評価かどうかを確認し、必要に応じて公認会計士や税理士へ意見を求めます。
DCF法と時価純資産法はどう使い分ける?
違いが分かれば、実務でどちらが使われるかを見極められます。使い分けの考え方は以下の3つです。
- 利益が出ている事業会社はDCF法など収益を基準に評価される
- 時価純資産法が使われるのは資産保有会社や解散価値を測る場面
- 手法の選択は買い手が決めるため売り手は根拠を確認する
それぞれを順に解説します。
利益が出ている事業会社はDCF法など収益を基準に評価される
DCF法と時価純資産法の使い分けでは、事業から利益が出ているかが出発点になります。事業を営んで継続的に利益を計上している会社は、将来の収益を基礎とする手法で評価されます。
収益を基準に評価される会社の特徴は次のとおりです。
- 本業から継続的にキャッシュフローが生まれている
- 受注残や契約が積み上がり、将来の売上を見通せる
- 設備を多く持たず、人材やノウハウで稼いでいる
DCF法のほか、類似会社比較法や年倍法も収益を織り込む手法です。直近3期の営業利益と減価償却費を並べます。
時価純資産法が使われるのは資産保有会社や解散価値を測る場面
DCF法と時価純資産法の使い分けでは、事業を営んでいるかが分かれ目になります。事業を営んで利益が出ている会社の評価に時価純資産法だけを用いるケースは、実務ではほとんどありません。
時価純資産法が用いられる場面は次のとおりです。
- 資産管理会社や不動産保有会社など、事業を営んでいない
- 収益性が低く、収益で価値を説明しにくい
- 解散価値を把握し、事業を続けた場合と比べる目的がある
保有資産の実質価値は、買い手から見た回収可能性の下限です。固定資産税評価額や査定額を集め、簿価との差を把握します。
手法の選択は買い手が決めるため売り手は根拠を確認する
DCF法と時価純資産法の使い分けを知っても、どの手法を採るかは買い手が決めます。提示額は買い手側の評価方法と投資判断で決まるため、売り手側の算定結果が価格として通るわけではありません。
中小M&Aガイドラインは、算出された金額がただちに譲渡額となるわけではなく、当事者同士が最終的に合意した金額が譲渡額になると述べています。
※参考:中小企業庁「中小M&Aガイドライン(第3版)」第1章Ⅱ3(3)バリュエーション
売り手にできるのは、提示額の根拠を確かめて交渉に備えることです。支援機関と相談しながら、適切な手法・前提を用いて評価されているか確認することが重要です。
中小M&Aの実務ではマルチプル法と年倍法の比較が主になる
事業を営む会社の評価では、時価純資産法は主役になりません。実務で比べられるのは、収益を織り込む手法どうしです。押さえる論点は以下の4つです。
- 年倍法とは?時価純資産に営業権を加える計算方法
- マルチプル法とは?上場企業の評価倍率を用いる計算方法
- マルチプル法と年倍法を3つの軸で比較する
- 年倍法で交渉するときに売り手が確認する点
それぞれを順に解説します。
年倍法とは?時価純資産に営業権を加える計算方法
中小M&Aの実務で広く使われるのが、年倍法と呼ばれる計算方法です。時価純資産に、収益力を反映した金額を営業権として上乗せする考え方を指します。
中小M&Aガイドラインは、交渉等の結果として、時価純資産法などで算出された金額に数年分の任意の利益(税引後利益または経常利益等)を加算する場合等もあると述べています。加算される部分が、実務上は営業権やのれんと呼ばれます。
※参考:中小企業庁「中小M&Aガイドライン(第3版)」第1章Ⅱ3(3)バリュエーション
加算する年数は、実務では2〜3年分とするケースが多くなっています。計算が分かりやすく、合意を得やすい点が使われる理由です。時価純資産の概算額と直近3期の平均営業利益を並べ、加算後の水準を試算します。
計算方法と注意点は、以下の記事で詳しく解説しています。
マルチプル法とは?上場企業の評価倍率を用いる計算方法
もう一方の手法が、上場企業の評価倍率を当てはめるマルチプル法です。中小M&Aガイドラインは、中小M&Aで用いられる手法として類似会社比較法(マルチプル法)を挙げています。
計算の流れは次のとおりです。
- 評価対象と事業内容が近い上場会社を選ぶ
- 選んだ会社の企業価値と財務指標から倍率を算出する
- 倍率を評価対象会社の利益指標に当てはめ、事業価値を出す
- 有利子負債を差し引き、現預金を加えて株式価値を求める
利益指標にはEBITDA(営業利益に減価償却費を加えた指標)が用いられます。倍率は業種によって幅があり、類似会社の選び方でも結果が変わります。
※参考:中小企業庁「中小M&Aガイドライン(第3版)」第1章Ⅱ3(3)バリュエーション
手法の詳細と業種別の倍率の目安は、以下の記事で解説しています。
類似会社比較法とは?計算方法やマルチプル、注意点を売り手目線で解説
EV/EBITDA倍率とは?計算方法や目安、業種別の平均を売り手目線で解説
マルチプル法と年倍法を3つの軸で比較する
実務で比較すべきは、マルチプル法と年倍法です。計算式は似ていますが、用いる利益と倍率の考え方が異なります。
| 比較軸 | マルチプル法 | 年倍法 |
|---|---|---|
| 主な利益指標 | オーナーコスト調整後のEBITDA(今期着地見込みなど将来の計画値) | オーナーコスト調整後の営業利益(決算書の実績値) |
| 倍率 | 同業上場会社の株式評価倍率 | 数年分 |
| 調整項目 | 純有利子負債(銀行借入等から現預金等を控除) | 時価純資産 |
成長性や利益率の高い会社はマルチプル法、収益性は低いが純資産の大きい会社は年倍法で株価が高く出やすい傾向にあります。
年倍法で交渉するときに売り手が確認する点
年倍法で評価される場合、争点は利益の中身と年数に絞られます。時価純資産の部分は実績値で検証できるため、交渉の余地は営業権に集まります。
確認する項目は次のとおりです。
- 加算の基礎とする利益を、営業利益やEBITDA等、何を用いているか
- 役員報酬や非事業用資産に関する損益を調整した実態利益になっているか
- 何年分を加算するか、根拠は何か
役員報酬を高く取っている会社では、調整後の利益が決算書の数字を上回ります。直近3期の実態利益を算出した資料を用意し、加算の基礎として提示し交渉材料とします。
営業権として上乗せされる部分の考え方は、以下の記事もあわせてご確認ください。
M&Aにおける「のれん」とは?償却期間や計算方法をわかりやすい解説
自社の企業価値を把握する方法
手法の違いを理解したら、次は自社の概算をつかむ段階です。順序としては、簡易な試算で目安を得てから、専門家による評価へ進む流れが効率的です。
把握の手順は次のとおりです。
- 貸借対照表の主要項目を時価に置き換え、時価純資産を概算する
- 直近3期の営業利益から、役員報酬の調整分や一時的な損益を除いて実態利益を出す
- 時価純資産に実態利益の数年分を加えた水準を目安として置く
- 支援機関や公認会計士へ相談し、評価を受ける
概算の目的は、交渉の出発点を持つことです。金額の当否ではなく、桁とレンジを把握できれば十分です。以下のシミュレーターで、短時間で目安を試算できます。
DCF法と時価純資産法の違いでよくある質問
企業価値の算定について、相談の現場で多く寄せられる質問を3つ取り上げます。簿価純資産法との違い、非上場企業でDCF法を使えるか、企業価値と株式価値はどう違うかの3点です。
簿価純資産法と時価純資産法はどこが違いますか?
評価に用いる金額が違います。簿価純資産法は貸借対照表に計上された帳簿価額を用い、時価純資産法は資産と負債を時価で評価し直します。中小M&Aガイドラインは、どちらも中小M&Aで用いられる手法として挙げています。簿価純資産法は計算が容易ですが、含み益のある不動産や回収不能な売掛金が反映されません。実態を示したい場合は、時価純資産法での算定を依頼します。
非上場企業でもDCF法で評価できますか?
評価できます。ただし前提の設定が難しくなります。DCF法は将来の事業計画と割引率を必要としますが、非上場企業では計画の精度や比較対象となる市場データが限られるためです。中小M&Aガイドラインは、簿価純資産法・時価純資産法・類似会社比較法により算定した株式価値をもとに譲渡額を交渉するケースが多いとしています。事業計画と実績の乖離を検証したうえで、専門家と採否を判断します。
企業価値と株式価値はどこが違いますか?
対象範囲が違います。企業価値は事業全体の価値を指し、株式価値は株主に帰属する部分を指します。企業価値から有利子負債を差し引き、現金や現金同等物を加えると株式価値が求められる関係にあります。借入金が多い会社では、企業価値が高くても株式価値は小さくなります。譲渡対価の交渉で扱うのは株式価値です。算定書を読む際は、示された金額が企業価値と株式価値のどちらなのかを最初に確認します。
まとめ
DCF法は将来のキャッシュフロー、時価純資産法は現時点の資産と負債を基準とします。見ている対象が異なるため、同じ会社でも算定結果は変わります。実務では、事業を営んでいるかどうかが手法の分かれ目になります。
要点は以下のとおりです。
- 5つの比較軸は、評価基準・必要資料・将来収益の扱い・客観性・手間と費用
- 事業を営み利益が出ている会社にはDCF法など収益を基準とする手法が用いられる
- 時価純資産法が使われるのは、資産保有会社の評価や解散価値を測る場面
- 実務で比べるのはマルチプル法と年倍法であり、年倍法の争点は加算する利益の水準と年数
- 算定額は目安であり、実際の提示額は買い手側の評価方法と交渉で決まる
手法を理解していれば、提示額の根拠を尋ねられます。まずは自社の概算をつかんでください。
オーナーズ株式会社では、売り手に特化したFA(ファイナンシャル・アドバイザー)サービスを展開しています。専属のエージェントがお客様の理想の取引実現に向けて、お客様のご希望に即したサービスをとことん提供いたします。よりよい評価額での売却に向けたアドバイスを受けられるだけでなく、余計な仲介手数料を削減した案件成約も実現可能です。
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