【社内承継】“売却支援”ではない——社内承継支援の1号案件責任者が語る、社内承継「実現」の論点
2026年3月、オーナーズグループの投資会社・社内承継支援機構株式会社は、株式会社ソルトワークス(札幌)への投資を第一号案件として実行しました。役職員が主役となる社内承継を、資本・体制・移行設計の面から一体で支える取り組みです。
社内の人材に継いでほしいと望む経営者は多い一方で、社内承継が自然に実現することはまれです。ニーズと実現の間にある壁を、どう越えるのか。
本件を現場で率いた社内承継支援事業の責任者・古市 大輔に、1号案件から見えた「実現」の論点を聞きました。
「思想」を「実務」にした1号案件
――今回の案件を、まずどう位置づけていますか。
古市:RISONAL社内承継として初めて実行に移した支援であり、社内承継を「思想」ではなく「実務」として形にできた最初の事例だと位置づけています。会社を支えてきた役職員が主体となって事業を引き継ぎ、オーナーが大切にしてきた理念や文化を残しながら、次世代の経営体制へ移していく。
単なる資本の移転ではなく、承継の「実現」に踏み込めた点に意味があると考えています。

――1号案件への想いを聞かせてください。
古市:思いは二つあります。一つは、社内承継支援というモデルが実際に成立することを示せたこと。もう一つは、次に続く案件の土台ができたことです。
役割分担やレポーティング、意思決定プロセスの設計など、本件で得た知見を型として残し、二件目以降の再現性と効率を高めていく。1号は単発の成功ではなく、事業として積み上げるための起点だと捉えています。

社内承継を阻む、三つの壁と一つの本質
――そもそも社内承継は、なぜ進みにくいのでしょうか。
古市:私たちが普段接する経営者からも、「できれば信頼できる社内の人材に継いでほしい」という声をよくいただきます。しかし、そこにはいくつもの壁があります。まず、後継者候補の経営者としての適格性、能力や経験に対する不安。次に、株式取得に伴う後継者の資金負担。そして、これまで築いてきた信頼関係や企業文化が承継後も保たれるかという不安です。
必要性は理解され、望む人も多いのに、実現することは容易ではない。ここに、社会課題としての本質があると考えています。
――経営者が社内承継を望んでも実現しにくい、最大のボトルネックは何ですか。
古市:最大のボトルネックは、「オーナー自身が立場を手放せるか」にあると感じています。社内承継は身内に引き継ぐような安心感がある一方、実際にはご自身の一部だった事業が手を離れていくことでもあります。理屈では必要性を理解していても、その感覚に耐えられず、無意識に承継を止めてしまうケースを何度も見てきました。そこに、承継後の体制設計といった実務的な壁も重なります。

主役は役職員、当社は伴走者——役割分担と、一人ひとりの納得感
――今回、どのような課題を支援対象として整理しましたか。
古市:ソルトワークス鶴尾社長の出発点は、売却で対価を得ることではなく、「クリエイター天国を作る」という創業時からの理念と、同社の文化を守ったまま、会社を次の成長段階へ進めたいという想いでした。
整理した課題は三つあります。一つ目は、数字に表れない企業文化・アイデンティティという無形資産を承継すること。二つ目は、鶴尾社長が一手に担ってこられた経営管理機能を組織経営へ昇華させること。そして三つ目は、社長続投で生まれる時間的余裕を活かし、鶴尾社長と二人三脚で後継者の人選・育成を進めることです。
――どの部分をオーナーズが担い、どの部分を会社側が担う設計なのでしょうか。
古市:RISONAL社内承継の基本の考え方は「主役は役職員、当社は伴走者」です。日々の事業運営や意思決定は、これまで事業を牽引してきた役職員の方々が主体的に担います。当社が担うのは、株式を引き受けて安定株主となること、そして単独ではアクセスしづらい情報やソリューション、リスク管理・マーケティングといった専門機能の提供です。
派遣するCFOが、その橋渡しを担います。組織の基盤整備など、当社がリードすべき場面では前に出る。しかし、経営の主役は奪わない。この線引きを丁寧に設計することが大切だと考えています。

――この案件で特に重視した論点は何でしたか。
古市:社内承継といっても今まで通りではなく、資本が変わり、意思決定の流れや体制も一新されます。社員発表の場に緊張が走り、鶴尾社長ご自身にも株式を手放す寂しさがあったように、当事者には必ず感情の揺れが生じます。だからこそ、ビジネスの論点だけでなく相手の心情にも関心を持ち、対話を重ねて相互理解を積み上げることを大切にしました。
承継の成否を最後に分けるのは、スキームの精緻さではなく、関わる一人ひとりが納得して前に進めるかどうか。そこに、この案件の本質があったと考えています。

一般的なM&Aとも、投資ファンドとも違う立ち位置
――一般的なM&Aと、社内承継支援では論点はどう違いますか。
古市:一般的なM&Aは、買い手が支配権を握り、シナジー追求や事業部への組み込みを前提に進むことが多く、論点の中心は「買い手にとっての最適化」になります。
RISONAL社内承継の支援では、この起点が根本的に異なります。重視するのは、これまでの文化や企業風土という無形資産をいかに次世代へ引き継ぎ、役職員が主体的に運営し続けられる体制をどう整えるか。「誰のための、何のための承継か」という出発点そのものが違う、と整理しています。
――一般的な投資ファンドの文脈と誤解されやすい点はありますか。
古市:私たちが支援する社内承継は、一般的な投資ファンドのように出口を前提に短期のリターンを追うモデルではありません。譲り受けた会社を当社都合で再び譲渡することは想定せず、安定株主として中長期で伴走します。支配的にシナジーを奪うのでも、ただ株式を保有するだけでもなく、会社の成長そのものに責任を持って関わるのが私たちの立ち位置です。
――「永続保有」「社長続投」「次世代育成」は、どのような思想で設計されていますか。
古市:三つは、いずれも「文化を守りながら次世代へつなぐ」という一つの思想から設計されています。
「永続保有」は、安定株主として中長期で支え続ける姿勢の表れです。「社長続投」は、これまでの経営と現場の連続性を保ち、承継を一度に断絶させないための設計です。そして「次世代育成」は、会社が自分たちの力で次の時代を歩いていけるようになるまで、時間をかけて次の経営陣を育てていくための仕組みです。「売って終わり」ではなく、経営を担う人が育ち、自走できる状態になるまで伴走する。そのために必要な期間を、あらかじめ設計に織り込んでいるということです。

向いている会社、慎重であるべきケース
――「社内承継支援」はどのような会社に向いていて、逆にどのようなケースでは慎重であるべきですか。
古市:向いているのは、現場に主体性のある役職員がいて、積み上げてきた文化や企業風土を次世代に残したいという意思が、オーナー・役職員の双方にある会社です。逆に慎重に考えるべきは、承継への腹決めやゴールイメージが関係者間で共有できていないケースです。社内承継に限らず、これまで承継のご相談を受ける中でも、オーナーがある領域の権限をなかなか手放せず、承継の流れが止まりかけた場面がありました。振り返れば、その事業がその方の人生そのものだったからこそ、手放すのが難しかったのだと思います。共通認識と合意形成ができているか。ここが結果を大きく左右するため、まず丁寧に確認するようにしています。
「どう残したいか」から、すべては始まる
――承継に悩む経営者が、最初に整理すべき論点は何でしょうか。
古市:最初に整理すべきは、「会社をどう残したいのか」という問いです。これまで築いてきた理念や文化、そして社員一人ひとりの顔を思い起こし、その何を、どんな形で次の世代へ手渡したいのか。まずはそこに向き合っていただくことが出発点になります。
承継は、経営者が最後に下す、最も大切な経営判断の一つです。だからこそ、まず問うべきは「この会社を、どう残したいか」。その一点を見つめることが、最初の一歩になります。
――最後に、今後どのような相談を歓迎したいですか。
古市:「会社を第三者に売るのは違う気がする。かといって、親族内での承継も難しい」。そうした、これまでの選択肢の狭間で悩んでこられた経営者の方々からのご相談をお聞かせ頂けると嬉しく思います。承継の方針が固まっていない段階でも大丈夫です。方向性を一緒に整理するところから伴走できるのが、私たちの強みです。
金融機関や士業の皆さまからのご紹介も歓迎しています。「社内の人材に継がせたいが、一歩を踏み出せない」という状況こそ、私たちが最も価値を発揮できる場面だと思っています。

編集後記
支援した側の語りとして印象的だったのは、最大のボトルネックを制度や資金ではなく「オーナー自身が立場を手放せるか」という心理に置いていたことです。関わる一人ひとりの納得が成否を分けるという整理は、承継を検討する経営者にも、支援する金融機関・士業にも、実務の順序を示唆します。
もう一つの要点は、「必要なところでは前に出るが、経営の主役は奪わない」という役割分担の線引きです。資本の受け皿だけでも、助言だけでも社内承継は動かない——1号案件が示したのは、その間を埋める伴走の設計図です。
ソルトワークスの事業承継について、鶴尾社長ご本人に伺ったインタビュー記事はこちらから。
社員・後継者へのコミュニケーションについて伺った後編記事はこちらから。
RISONAL社内承継のサービスはこちらから
関連記事
-
【社内承継】“売却支援”ではない——社内承継支援の1号案件責任者が語る、社内承継「実現」の論点
2026.09.29
2026.09.26
#社内承継
-
「支援する人が一人から二人になった」——調印から1時間後、社長が社員に語ったこと
2026.09.21
2026.09.21
#成約実績
-
「いくらで売るか、ではなく、何を残すか。」ソルトワークス創業者が4年かけて選んだ事業承継
2026.09.21
2026.09.21
#成約実績
-
会社を次のステージへ。友瀬氏がM&Aで重視した“成約後も一緒に伸ばせるパートナー”
2026.07.29
2026.07.29
#成約実績
-
第三者への譲渡検討から役員によるMBOへ──専門商社オーナーが納得の価格で実現した社内承継の舞台裏
2026.07.17
2026.07.17
#成約実績
カテゴリ一覧
-
事業承継を考える
-
M&Aを検討・進行する
-
売却後を考える
-
その他