マルチプル法と年倍法の違いとは?3つの比較軸と株価が変わる理由を解説
公開日:2026.09.03
2026.09.03
更新日:2026.09.03
2026.09.03
提示された株価が、どの計算方法で出たものか把握していますか。
中小M&Aの実務で使われる手法は主に2つあり、どちらを採るかで結果は変わります。計算式は似ていても、用いる利益と倍率の考え方が異なるためです。
本記事では、年倍法とマルチプル法それぞれの計算方法を整理したうえで、両者を分ける3つの比較軸を示します。あわせて、同じ会社でも株価が変わる理由と、自社に合う手法の見極め方を解説します。
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マルチプル法と年倍法の違い
マルチプル法と年倍法は、どちらも収益力を株価に反映させる手法です。違いは、収益をどの時点で捉え、どのような倍率を掛けるかにあります。
主な違いは以下のとおりです。
| 比較項目 | マルチプル法 | 年倍法 |
|---|---|---|
| 主な利益指標 | オーナーコスト調整後のEBITDA | オーナーコスト調整後の営業利益 |
| 利益の時点 | 今期着地見込みなど将来の計画値 | 決算書の実績値 |
| 掛ける倍率 | 同業上場会社の株式評価倍率 | 数年分 |
| 調整項目 | 純有利子負債 | 時価純資産 |
| 主な担い手 | FA | 仲介会社 |
中小M&Aガイドラインは、中小M&Aで用いられる手法として類似会社比較法(マルチプル法)を挙げています。あわせて、時価純資産法などで算出された金額に数年分の任意の利益を加算する場合もあると述べており、後者が年倍法にあたります。
※参考:中小企業庁「中小M&Aガイドライン(第3版)」第1章Ⅱ3(3)バリュエーション
年倍法とは?時価純資産に利益を加える計算方法
先に、中小M&Aで広く使われる年倍法から見ていきます。決算書があれば算定できる手軽さが、広く使われる理由です。特徴は以下の3点に整理できます。
- 年倍法の計算式と株価の求め方
- 加算する年数は実務では2〜3年分が多い
- 決算書の実績値をもとに計算する点が特徴
それぞれを順に解説します。
年倍法の計算式と株価の求め方
年倍法とは、時価純資産に数年分の利益を加算して株価を求める計算方法です。加算される部分は、実務上は営業権やのれんと呼ばれます。
計算の流れは次のとおりです。
- 貸借対照表の資産と負債を時価で評価し直し、時価純資産を求める
- 営業利益からオーナーコストを調整し、実態利益を算出する
- 実態利益に年数を掛けて営業権を求める
- 時価純資産と営業権を合計する
中小M&Aガイドラインも、時価純資産法などで算出された金額に数年分の任意の利益(税引後利益または経常利益等)を加算する場合等もあると述べています。
※参考:中小企業庁「中小M&Aガイドライン(第3版)」第1章Ⅱ3(3)バリュエーション
直近の貸借対照表と損益計算書を並べ、時価純資産と営業利益の水準を書き出します。計算方法の詳細は、以下の記事で解説しています。
加算する年数は実務では2〜3年分が多い
年倍法で株価を左右するのが、利益に掛ける年数です。実務では2〜3年分とするケースが多いと言われています。
年数が1年変わるだけで株価は大きく動きます。営業利益が5,000万円の会社であれば、2年分と3年分では5,000万円の差が生まれる計算です。
年数の設定に法令上の基準はなく、当事者間の交渉で決まります。買い手から年倍法での提示を受けたら、加算年数と根拠を必ず質問します。
決算書の実績値をもとに計算する点が特徴
年倍法は、主に決算書に表れた実績値を計算の基礎とします。将来の予測を前提としないため、事業計画がない会社でも算定できます。
実績値を使う特徴から、次の性質が生まれます。
- 計算の根拠を決算書で検証でき、当事者間で合意を得やすい
- 将来の成長は評価に反映されにくい
過去の実績が交渉材料になるため、決算内容の整理が価格に直結します。直近3期の営業利益から、役員報酬の調整分や非事業用資産に関する損益を除いた実態利益を算出します。
マルチプル法とは?上場企業の評価倍率を用いる計算方法
もう一方の手法が、上場企業の評価倍率を当てはめるマルチプル法です。市場で形成された評価を株価に反映できる点が、年倍法との大きな違いです。特徴は以下の3点です。
- マルチプル法の計算式と株価の求め方
- 利益指標には主にEBITDAが用いられる
- 類似会社の選び方で評価額が変わる
それぞれを順に解説します。
マルチプル法の計算式と株価の求め方
マルチプル法とは、類似する上場会社の評価倍率を自社の利益に掛けて価値を求める計算方法です。中小M&Aガイドラインは、中小M&Aで用いられる手法として類似会社比較法(マルチプル法)を挙げています。
計算の流れは次のとおりです。
- 事業内容や収益構造が近い上場会社を選ぶ
- 選んだ会社の企業価値と財務指標から倍率を算出する
- 倍率を自社の利益指標に掛けて企業価値を求める
- 有利子負債を差し引き、現預金を加えて株式価値を出す
※参考:中小企業庁「中小M&Aガイドライン(第3版)」第1章Ⅱ3(3)バリュエーション
自社と事業内容が近い上場会社を3社ほど挙げ、支援機関の選定案と突き合わせます。手法の詳細は、以下の記事で解説しています。
類似会社比較法とは?計算方法やマルチプル、注意点を売り手目線で解説
利益指標にはEBITDAが用いられる
マルチプル法で使われる代表的な利益指標が、EBITDAです。営業利益に減価償却費を加えて算出され、減価償却の方法による差を受けにくい指標として使われます。
マルチプル法では、オーナーコストを調整したEBITDAに今期着地見込みなど将来の利益計画値を用います。実績値のみを見る年倍法との違いが表れる部分です。
有形固定資産やソフトウェアを多く持つ会社ほど、営業利益とEBITDAの差は大きくなります。直近3期の営業利益と減価償却費を足し合わせ、水準を把握します。
M&AにおけるEBITDAとは?指標とするメリットや注意点も解説
EV/EBITDA倍率とは?計算方法や目安、業種別の平均を売り手目線で解説
類似会社の選び方で評価額が変わる
マルチプル法の結果を左右するのが、類似会社の選定です。同じ業界でも、事業モデルや顧客層、成長段階によって倍率は変わります。
選定で見られる観点は次のとおりです。
- 主力事業の内容と売上構成
- 収益構造と利益率の水準
- 顧客層や販売チャネル
- 事業規模と成長段階
倍率は業種によって幅があり、事業規模の違いから調整を加える場合もあります。算定書を受け取ったら、選ばれた類似会社の一覧と選定理由の説明を求めます。
マルチプル法と年倍法を分ける3つの比較軸
計算式が似ていても、用いる数字の中身は異なります。どこが違うかを軸で押さえておけば、算定書の読み方が変わります。両者を分ける軸は、以下の3つに整理できます。
- 利益指標は将来の計画値か決算書の実績値か
- 倍率は同業上場会社の水準か年数か
- 調整項目は純有利子負債か時価純資産か
それぞれを順に解説します。
利益指標は将来の計画値か決算書の実績値か
マルチプル法と年倍法を分ける第一の軸が、どの時点の利益を使うかです。マルチプル法は今期着地見込みなど将来の利益計画値、年倍法は決算書の実績値を基礎とします。
違いが表れる場面は次のとおりです。
- 新規事業が立ち上がり、今期から利益が伸びる見込みがある
- 大型受注が決まり、当期の着地が前期を上回る
- 前期に一時的な損失が出て、実績値が実力を下回っている
いずれの場合も、将来の計画値を使えば評価は上がります。今期の着地見込みを月次実績から試算し、前期実績との差を数字で示せる状態にします。
倍率は同業上場会社の水準か年数か
マルチプル法と年倍法を分ける第二の軸が、掛ける倍率の性格です。マルチプル法は同業上場会社の株式評価倍率、年倍法は年数を用います。
両者の性格は次のように異なります。
| 項目 | マルチプル法の倍率 | 年倍法の年数 |
|---|---|---|
| 決まり方 | 市場で形成された株価から算出 | 買い手又は仲介会社による評価 |
| 業種差 | 業種によって水準が異なる | 業種による差は小さい |
| 説明の根拠 | 類似会社の選定理由 | 買い手又は仲介会社による評価基準 |
市場の水準を反映できる点が、マルチプル法の特徴です。自社の属する業種で上場会社の評価が高いかどうかを、支援機関へ確認します。
調整項目は純有利子負債か時価純資産か
マルチプル法と年倍法を分ける第三の軸が、最後に加減する項目です。マルチプル法は純有利子負債を差し引き、年倍法は時価純資産を加算します。
純有利子負債とは、銀行借入などの有利子負債から現預金や現金同等物を差し引いた金額を指します。借入が多く手元資金の少ない会社では、マルチプル法の株価は押し下げられます。
一方の年倍法では、時価純資産が加算されるため、資産を厚く持つ会社ほど株価が積み上がります。借入残高と現預金残高、時価純資産の3つを書き出し、どちらの計算で有利になるかを試算します。
手法によって株価が変わる理由
軸の違いは、算定結果の差として表れます。会社の性格によって、どちらが有利かは入れ替わります。差が生まれる理由は以下の3点です。
- 成長性や利益率の高い会社はマルチプル法で高く出やすい
- 収益性が低く純資産の大きい会社は年倍法で高く出やすい
- 同じ会社でも算定結果に差が生まれる
それぞれを順に解説します。
成長性や利益率の高い会社はマルチプル法で高く出やすい
成長性や利益率の高い会社は、マルチプル法で株価が高く出やすい傾向にあります。将来の利益計画値を使えるうえ、利益率の高い業種では上場会社の評価倍率も高くなるためです。
該当しやすい会社の特徴は次のとおりです。
- 売上と利益が数期にわたって伸びている
- 設備を多く持たず、利益率が高い
- 属する業種で上場会社の評価が高い
年倍法では、伸びている最中の利益が実績値としてしか反映されません。直近3期の売上高と営業利益率の推移をグラフ化し、成長の傾向を示せる資料を用意します。
収益性が低く純資産の大きい会社は年倍法で高く出やすい
一方、収益性は低いものの純資産の大きい会社では、年倍法のほうが高く出る場合があります。時価純資産が丸ごと加算されるためです。
該当しやすい会社の特徴は次のとおりです。
- 含み益のある不動産を自社で保有している
- 内部留保が厚く、借入が少ない
- 利益は出ているが、利益率は業界平均を下回る
マルチプル法では、利益水準が低ければ企業価値も伸びません。保有不動産の査定額と時価純資産の概算を出し、年倍法での水準と比べます。
同じ会社でも算定結果に差が生まれる
同じ会社を評価しても、手法によって算定結果には差が生まれます。利益の時点、倍率の性格、調整項目のすべてが異なるためです。
差の方向は会社の性格によって変わり、一律にどちらが高いとは決まりません。収益性の高い会社ではマルチプル法が上回りやすく、純資産の厚い会社では年倍法が上回る場合もあります。
複数の手法で試算すれば、株価のレンジを把握できます。両方の計算で概算を出し、上限と下限の幅を交渉の準備材料にします。DCF法や時価純資産法を含めた手法全体の位置づけは、以下の記事で解説しています。
DCF法と時価純資産法の違いとは?5つの比較軸と実務の年倍法・マルチプル法を解説
売り手が自社に合う手法を見極める方法
どちらの手法が有利かは、会社の性格によって変わります。見極めの手順は、次の3段階です。
- 直近3期の売上高・営業利益・営業利益率を並べ、収益力の傾向を確認する
- 貸借対照表から時価純資産を概算し、資産の厚みを把握する
- 役員報酬や非事業用資産に関する損益を調整した実態利益を算出する
収益力が伸びていればマルチプル法、資産が厚く収益性が横ばいであれば年倍法が有利に働きやすくなります。ただし手法を選ぶのは買い手であり、売り手の算定結果が価格として通るわけではありません。
中小M&Aガイドラインは、算出された金額がただちに譲渡額となるわけではなく、当事者同士が最終的に合意した金額が譲渡額になると述べています。
※参考:中小企業庁「中小M&Aガイドライン(第3版)」第1章Ⅱ3(3)バリュエーション
自社の概算をつかむところから始めてください。以下のシミュレーターで、短時間で目安を試算できます。
マルチプル法と年倍法の違いでよくある質問
マルチプル法と年倍法について、相談の現場で多く寄せられる質問を3つ取り上げます。どちらが一般的か、赤字の会社はどう評価されるか、算定額のとおりに売却できるかの3点です。
年倍法とマルチプル法はどちらが一般的ですか?
中小M&Aの現場では、どちらも用いられます。年倍法は計算が分かりやすく決算書だけで算定できるため、仲介会社が用いるケースが多くなっています。マルチプル法は市場の評価倍率を反映でき、将来の利益計画値を織り込めるため、FAが用いるケースが多い手法です。どちらが自社に有利かは会社の性格によって変わるため、両方で試算したうえで比較します。
赤字の会社はどの手法で評価されますか?
赤字であっても、成約する可能性はあります。中小M&Aガイドラインは、赤字であるにもかかわらず成立した事例、債務超過であるにもかかわらず成立した事例を挙げています。赤字の場合は利益を基礎とする計算が働きにくいため、時価純資産や事業の将来性、技術力や取引先といった要素が交渉材料になります。役員報酬や一時的な損失を調整した実態利益を算出し、実力値を示せる状態にします。
算定額のとおりに売却できますか?
算定額と成約額は一致しません。中小M&Aガイドラインは、算出された金額がただちに譲渡額となるわけではなく、当事者同士が最終的に合意した金額が譲渡額になると述べています。また同ガイドラインは、仲介者について確定的なバリュエーションを実施すべきではないともしています。受け取った算定結果が簡易な参考値かどうかを確認し、必要に応じて公認会計士や税理士へ意見を求めます。
まとめ
マルチプル法と年倍法は、計算式こそ似ていますが、用いる利益と倍率の考え方が異なります。どちらで算定されるかによって、提示される株価は変わります。
要点は以下のとおりです。
- 3つの比較軸は、利益指標の時点・倍率の性格・最後に加減する調整項目
- マルチプル法は将来の利益計画値と上場会社の評価倍率、年倍法は決算書の実績値と年数を用いる
- 年倍法で加算する年数は、実務では2〜3年分とするケースが多い
- 成長性の高い会社はマルチプル法、純資産の厚い会社は年倍法が上回る場合がある
- 算定額は目安であり、実際の譲渡額は当事者が合意した金額となる
自社がどちらの性格に近いかは、決算書の数字から見極められます。まずは概算をつかみ、提示された株価の根拠を確かめる準備を整えてください。
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