欧米ではありえない!? 日本の「かなり独特なM&Aサービス」とは
公開日:2024.10.01
2024.10.01
更新日:2024.10.01
2024.10.01
日本のM&Aマーケットの歴史はまだ浅い
日本国内におけるM&Aの報告件数が初めて1,000件を超えたのは、1990年後半のこと。それまでの国内M&A市場は黎明期であったといえます。当時M&Aを支援するサービスはほぼ大企業向けに限られ、外資系・国内系の大手証券会社における投資銀行部門を中心にサービスが提供されてきました。
歴史的に投資銀行業界で提供される大企業向けのサービスは、ファイナンシャル・アドバイザリー(FA)サービスと呼ばれ、M&Aの当事者である顧客の利益を守り、追求する支援を提供するものです。欧米では、投資銀行業界の長い歴史の中で提供されてきたサービスです。
2000年代に入ると会計系Big4ファームでもFAサービスを提供するチームが拡張され、今では一大勢力となっていますが、Big4のFA実務の底上げに際しては、やはり証券会社の投資銀行部門出身者の貢献が大きかったのではないかと思います。今日ではさらにM&Aの裾野が広がり、独立系ファームにおいてもFAサービスが提供されています。
こうしたFAサービスを提供する投資銀行は、今日でもほとんどが大企業を中心としたごく限られた顧客にのみサービス提供をしており、残念ながら多くの中小企業はサービス提供の対象とはなっていません。
他方、中小企業においても事業承継を背景に、「とにかく自分の会社を買ってくれる買い手を探してきてほしい」というニーズが拡大していきました。そして、こうした中小企業のM&Aニーズに応える形で、2010年以降、M&A仲介サービスが急激に成長していきました。
実は、「M&A仲介サービス」は日本ならではのもの
M&A仲介サービスは、売り手と買い手を中立の立場でマッチングするサービスです。売り手と買い手の双方を顧客として抱えるサービスですから、投資銀行が提供しているFAサービスのような、「特定の当事者の利益を守り、追求する機能」はありません。
なお最近では、なるべく人手を介さずにマッチングをインターネット上で行うM&Aマッチングプラットフォームも存在します。主に、M&A仲介サービスでも取り扱えない小規模M&Aにおいて仲介役を担っており、そのサービス特性はマッチングを主機能とするM&A仲介サービスといってよいでしょう。
このようなM&A仲介サービスは、M&Aマーケットの歴史が浅い日本ならではの特徴的なサービスで、諸外国ではほとんど見られないものです。特に訴訟が身近な欧米では、利益相反関係にある取引当事者の双方を支援するM&A仲介サービスの構造は受け入れられにくいものとなっています。M&A業界の長い歴史を背景に、中小企業に対してFAサービスを提供する業者の数も日本よりはるかに多く、FAサービスが中小M&A支援の受け皿となっています。
仲介サービスの成長は、本当に「日本の文化に合っているから」なのか?
M&A仲介サービスが日本で広まった背景として、日本の文化との相性の良さが挙げられることがあります。具体的には、自己の利益のみならず、M&Aの取引相手や従業員、取引先など他者の利益も重んじる日本の文化には、両者を中立の立場で調整するM&A仲介サービスが適している。中小企業においては、売り手、買い手それぞれが自分の主張を押し付け合う文化は合わない。というものです。果たして本当にそうでしょうか。
M&A仲介サービスは、当事者、特に売り手のオーナーにとって不利益を被るリスクが非常に大きく、デメリットを上回るメリットは正直見当たりません。私は、日本においてM&A仲介サービスが広まった背景は、諸外国と比較した投資銀行業界の歴史の浅さ、層の薄さが大きな要因だと考えています。
一世一代のビッグイベントに臨む売り手オーナーからしてみれば、買い手とのマッチングだけでなく、自分の利益やメリットを考えたプロの支援を受けたいと思うのは当然です。本来、売り手オーナーが求めているのはその支援が可能なFAサービスなのです。
しかし、残念ながら日本においては圧倒的にFAサービスの供給が不足していたところ、M&A仲介サービスがその受け皿となり、広まっていったのです。これだけM&Aが中小企業においても身近になった今こそ、当事者、特に売り手の利益を追求した支援が提供できるFAサービスの普及が求められています。
M&A仲介サービスが抱える売り手オーナーにとってのリスク・デメリットについては、本連載の別の機会に詳細を説明したいと思います。
今日ではM&A仲介サービス間の競争も激化しており、それに伴ってM&A仲介サービスの利益相反構造を原因とするトラブルの報告も増えています。中小企業庁はこうしたトラブル増加に対応すべく、M&A仲介業界に「M&A仲介協会」を組織させて、実効力のある自主規制団体にしていこうと取り組みを始めています。しかし、M&A仲介サービスが本来の役割である仲介役を果たせたとしても、特定の当事者の利益を考えた支援をしてくれるものではないということは、サービス構造上の限界として理解しておかなければなりません。
M&A仲介サービスの利益相反を原因とするトラブルや、M&A仲介協会の取り組みなどについても、本連載の別の機会に詳細を説明したいと思います。
[図表]M&Aサービス事業者のポジショニング
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