〈13億円〉→〈7億円〉に買い叩かれるケースも…売り手企業が「大損しない」ために必ず知っておきたい〈買い手企業〉の選び方(幻冬舎ゴールドオンラインへの掲載記事)
公開日:2024.07.12
2024.07.12
更新日:2024.07.12
2024.07.12
特定の買い手の提案に飛びつかず、買い手は比較して決める
オーナー経営者の手元にM&A仲介会社から届く、たくさんのダイレクトメールのうちの大多数は、買い手の存在を示唆する内容でしょう。「貴社“のような”事業に」「関心を示す“可能性がある”企業がいる」といった記載がある場合、具体的には、貴社の買収を希望している買い手が存在しないと考えられ、飛びつくには値しない情報といえます。
一方で、「具体的に貴社との資本提携に関心がある企業がいる」ので一度会ってほしい、というアプローチがM&A仲介会社からあった場合、買い手の存在を偽ってはならないことを定める、M&A仲介協会の倫理規則に反していない限り、実際に買い手がいるのかもしれません。あるいは、買い手から直接事業売却の打診があったのであれば、買い手がその企業に一定の関心を持っていると考えられます。
そして、こうした打診があると、オーナー経営者としては、「自社を買いたいといってくる会社はどんなところだろうか」「なぜうちのような会社に関心を持ってくれているのだろうか」と、気になることでしょう。
最近では、「完全成功報酬」を謳ったM&A仲介会社も増えてきているため、会ってみて気に入らなければ辞めればいい、とオーナー経営者が気軽に買い手と会いやすい環境になってきている現状があります。しかし、仲介会社や買い手からの提案に応じて、事業売却を進めることが、売り手が事業売却で失敗する大きな要因となっています。
ここからは、オーナー経営者が、このような買い手の打診に乗る形で、事業売却を進めることへの具体的なリスクについて、解説していきます。
買い手の「競争環境」が作られない
オーナー経営者が、買い手の打診に乗る形で事業売却を進めることで、売り手にとって「魅力的な条件」が勝ち取れないというリスクが発生します。というのも、仮に、仲介会社経由で接触した場合でも、買い手から直接連絡がきた場合でも、買い手側は、売り手との交渉が「1対1」で行われていることを把握できる状況にあります。
そのような状況において、買い手は当然ながら「売り手がギリギリ応諾してくれそうなライン」を狙って条件を提案してきます。これでは到底、売り手にとって良い条件を買い手から引き出すことはできません。要するに、足元を見られやすい環境になってしまうのです。
売り手がよい条件を勝ち取るためには、買い手の競争環境を作ることが重要です。つまり、複数の買い手が手を挙げ、なんとかよい条件を提案して、売り手に選ばれたいと努力してくれる環境です。
1社が積極的にアプローチしてきたということは、ほかにも関心を持つ買い手が存在する可能性は、十分にあります。そのような関心を示す複数社の買い手を巻き込み、売り手にとって有利な環境を作っていくことが、事業売却を成功に導く大切なポイントです。そして、売り手のためにこうした環境づくりを支援するのが、売り手専属でM&Aを支援するファイナンシャル・アドバイザー(FA)の役割です。
買い手の「競争環境」がいかに重要か
ここで、買い手の競争環境の重要性を示す事例を一つ、当社の支援案件のなかからご紹介します。
低い株価評価を受けたA社のケース
A社オーナーは、50代ながら事業承継を検討しており、大手M&A仲介会社と面談して情報収集をしていました。某大手M&A仲介会社からは、具体的に約7億円の株価評価を受けており、この値段であれば、最短3ヵ月ですぐに買い手が見つかる、というアドバイスも受けていました。同仲介会社は、論拠の乏しい簡便法である「年倍(買)法」による評価を行っていたものと思われます。
仲介会社の提案に納得できなかったオーナーは、当社に相談に来ました。
当社では、仲介会社とは異なるアプローチで株価を試算、12−14億円の評価を提示しました。さらに当社では、独自の売却アプローチを採用し、買い手の競争環境を作り、よりよい条件を目指す提案をしました。
当社の支援のもとで売却プロセスを進めたところ、結果として買い手から約13億円の提案を勝ち取ることができました。当初の株価評価と比較すると、およそ倍の評価です。これこそが、買い手の競争環境を作って売却プロセスを進めることの威力といえます。
低い株価評価が交渉の出発点となってしまう
売り手がよい条件を勝ち取りにくい状況を作り出している要因は、ほかにもあります。それは、M&A仲介会社の「株価算定書」です。具体的には、①そもそもM&A仲介会社の提供する株価算定が買い手の評価目線と異なる問題、②その株価算定書が売り手と買い手、双方に開示される実務上の問題、の2点です。
先述しましたが、仲介業界で広く採用されている「年倍(買)法」という株価評価手法は、営業利益(またはその他利益指標)の数年分に純資産を加算して、株式価値を計算する簡便法です。
年倍(買)法に基づく株式価値=営業利益(またはその他利益指標)の数年分+時価修正純資産
計算式が非常に簡単で理解がしやすい計算方法であり、M&A仲介業界で広く使われています。しかし、同法はファイナンス理論的になんら根拠がなく、買い手はそもそも年倍法に基づく株価評価をもとに意思決定はしません。利益指標に乗ずる年数は、業界ごとに相場が固定的に決まっており、成長企業ほど評価が低くなってしまう問題点なども孕んでいます。
M&A仲介サービスにおいて、この特に論拠もなく、買い手の評価手法でもない年倍法で試算した「株価算定書」が、売り手と買い手の双方に開示され、実質的に交渉の出発点として大きな意味を持つ場合があります。これが、仲介会社の株価算定書のもう一つの大きな問題です。
こうしたアプローチは、売り手にとって、正当な価値での事業売却を実現することを遠ざけるものであり、オーナー経営者としては避けるべきものです。参考情報としての株価は、買い手が実際に行う評価手法を用いて試算することが重要です。
さらにいえば、買い手の評価手法で試算した株価を目標とするのではなく、それを上回る好条件を勝ち取るために、買い手の競争環境をいかに十分に作って売却プロセスを進めるかが重要なのです。
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