売り手の理想を目指した条件交渉は「プロセス・レターの作成」から始まる
公開日:2024.12.16
2024.12.16
更新日:2024.12.16
2024.12.16
売り手の理想を目指した条件交渉
本来のFAの役割は、顧客の利益を守り、追求することだとお話ししてきました。M&Aの交渉において顧客利益を追求するということは、価格条件はもちろんのこと、価格以外の条件においても顧客にとっての最善を尽くすことを意味します。
こうした売り手の理想を目指した条件交渉は、FAだからこそ支援が可能なものであり、売り手・買い手双方を支援する仲介サービスでは提供ができないものです。同時に、FAとして十分な知見と経験を有していなければ、単に片方の顧客だけを支援するからといってFAとして本来求められる役割が果たせるわけでは決してありません。仲介サービスを主に提供している業者において、顧客が仲介サービスの利益相反リスクに難色を示した場合にのみ片手支援を行う場合、たとえFAと称してサービスを提供したとしても、その実態は「片手仲介」であり、顧客の利益追求を支援する機能はあまり期待できないでしょう。顧客の利益を追求する役割とは、それだけ専門性が高く、仲介サービスとは異なる研鑽が求められるのです。
今回は、M&Aの交渉においてFAが売り手に対して具体的にどのような支援を行い、売り手の利益を追求していくのかを解説したいと思います。
以下では、売り手FAが採用するオークション(入札)による売却活動を前提に解説します。オークション(入札)のメリットは、価格だけでなく、そのほかの条件についても売り手に有利な条件を勝ち取りやすいところにあります。仲介サービスにおいても複数の買い手から意向表明を集めるケースがありますが、理想の条件を勝ち取るためには単に複数の買い手から意向表明を集めればよいという話ではありません。売り手FAが主導する売却プロセスにおいては、売り手が最善の条件を勝ち取るためのさまざまな工夫が存在します。
売り手優位の環境作りはプロセス・レターから
売り手がより良い条件を勝ち取るための環境作りは、プロセス・レターの文案を作る段階から始まります。
プロセス・レターとは、入札プロセスによる売却を行う場合に売り手側から買い手候補に対して提示される、入札プロセスの進め方や投資検討のための手順やスケジュールなどを記載した書面のことです。具体的には、①売り手のM&Aの目的、②スケジュール(意向表明書の提出期限、デュー・デリジェンス期間、契約締結およびクロージングの想定時期など)、③売り手が想定するM&A取引の前提条件、取引手法ならびに買い手に対する要望事項、④買い手が意向表明書に記入すべき事項および留意点、⑤買い手の選定方法などが記載されます。なお、プロセス・レターには画一的なフォーマットが存在するわけではなく、各案件において記載に工夫が求められます。
買い手はプロセス・レターの内容に応諾し、その指示に従って投資の意向を売り手に表明します。そして、売り手はその買い手から受領した意向表明書の内容に基づいて、どの買い手候補と優先的に取引を進めていくかを決定します。プロセス・レターの内容は、買い手が意向表明を行う際に受け入れるべき前提条件としての役割も持ちますから、売り手が優位な立場を維持しつつ、希望する条件で取引を進めるうえで重要な位置付けとなるのです。重要な要望を意向表明書に明記させることは、売り手が買い手候補を優先順位付けするうえで十分な材料を明らかにすることにも繋がります。
(コラム)売り手オーナーの買い手選択のポイントは?
少し脱線しますが、売り手オーナーはどのような基準で買い手候補を優先順位づけするのでしょうか。
当然、取引価格は売り手オーナーの意思決定において非常に重要な比重を占め、実際に価格で買い手を決めるオーナーも数多くいます。一方で、これまで当社が売り手FAとして支援してきたオーナーの事例では、必ずしも価格で買い手を選ぶケースばかりではありませんでした。技術を理解してくれる会社や、社員を大切に考えてくれる会社、資本提携後の成長戦略により期待ができる会社など、価格以外の魅力が決め手となるケースも多分にあります。中小M&Aは人対人の取引という特色が強く、人間としての相性が重要であることはいうまでもありません。
その点では、複数の買い手候補とトップ面談を行い、買い手の価値観や考え方、今後の対象会社の経営方針や成長戦略などについて意見を交わすことがよいでしょう。中小M&Aの実務においては、複数の買い手候補が存在する場合であっても1社のみとトップ面談を行って取引を進めるケースがありますが、できれば複数社の買い手候補と面談をすることで比較をしてみることをおすすめします。
売り手が意向表明書やトップ面談の結果を比較検討した結果、優先的に取引を進める買い手候補を選択すると、選ばれた買い手に独占交渉権が付与されることがあります。独占交渉権とは、その名のとおり、他の買い手候補を排除して一定期間、独占的に売り手とM&Aの交渉を行うことができる権利です。独占交渉権が付与される期間は、一般的に、案件のスケジュールを鑑みて数ヵ月単位で設定されます。売り手が買い手の独占交渉権を破棄して他の買い手と交渉を進める場合、売り手に一定の違約金等が科される場合がありますが、具体的には基本合意書で定められることが一般的です。
なお、当社が売り手FAとして支援する案件においては、案件の状況等を考慮して、あえて特定の買い手に独占交渉権を与えずに、複数社同時にデュー・デリジェンスおよび条件交渉を進める場合があります。売り手にとってみれば、成約の確度を高めるとともに、有利な条件を勝ち取ることに繋がる環境を作れるメリットもあります。
中小M&A実務においては独占交渉権を求める買い手の要望も強く、買い手の意向表明を受け入れて基本合意を行うタイミングで同買い手に独占交渉権が与えられることが一般的ですが、異なるアプローチを取ることで売り手に大きなメリットがあると売り手FAが判断する場合には、買い手と交渉し、複数の買い手とプロセスを進めることもあります。
プロセス・レター、意向表明書を活かした条件交渉
これまでみてきた、プロセス・レターおよび意向表明書によって作られた買い手に対する牽制力は、その後の交渉プロセスにおいても継続されます。
条件交渉上、売り手に好ましくない状況としては、例えば独占交渉権を得た買い手が合理的理由もなく意向表明書の内容から条件を引き下げようとする場合などが考えられます。あるいは、意向表明段階において明示されていなかった「売り手にとって好ましくない重要な要望」を新たに提示してくるケースなども想定されます。
買い手がこうした行動を取ろうとする場合、売り手FAは、①「プロセス・レターの内容に応諾し、その指示に従って買い手が提出した意向表明書の内容に基づいて売り手は同買い手に独占交渉権を付与していること」、そして、②「プロセス・レターの記載に応諾していないと考えられる重要な要望や、意向表明書に明記することを求めているにも関わらずその記載がない要望などについては、売り手に好ましくない影響があることを理由に、同要望を受け入れられないこと」を主張し、売り手の利益を守ります。買い手の新たな要望によって①の前提が崩れる場合には、他の買い手候補との取引を進めることも売り手の選択肢となるため、買い手としても強行に要望を通すことが難しい環境が生まれます。
この点、売り手・買い手双方を支援するM&A仲介サービスにおいては、買い手も大切な顧客であるがゆえに上述の売り手FAのような毅然とした対応を買い手に取ることができず、売り手に対して買い手の要望を受け入れることができないか説得を試みる傾向があるように感じています。売り手からすると、これでは何のためにプロに託しているのかわかりません。勝手のわからない売り手は、間に入るプロに対し、自分の利益やメリットを考えた支援を期待しているはずです。売り手FAは、まさにこうした売り手の要望に応えるために存在しています。
最終契約書の草案は売り手から
交渉戦略上、株式譲渡契約書等の最終契約書の草案は、売り手の要望を反映したうえで売り手側から提示することが望まれます。交渉戦略を立案し、最終契約書の草案を作成するうえで、売り手FAは弁護士とともに中心的な役割を担います。
売り手が提示した最終契約書の草案をもとに、買い手は内容を検討し、必要に応じて修正要望を提示します。ここでも売り手FAは、買い手の競争環境をうまく活用することで買い手が容易に契約書の文言を変更しづらい環境を作り、買い手の譲歩を引き出します。このように、売り手側が主導して条件交渉を進めていくことが、売り手にとってより良い条件を勝ち取ることに繋がります。
比較として、買い手有利に設計されていることも多い仲介会社の最終契約書のひな形を起点として交渉を進める状況や、買い手の要望が反映された草案を起点に仲介会社の支援のもとで交渉に臨む状況を考えてみてください。結果が大きくかけ離れうることは容易に想像できるはずです。
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