M&A業界における「FAサービス」と「仲介サービス」の違い(幻冬舎ゴールドオンラインへの掲載記事)
公開日:2024.06.19
2024.06.19
更新日:2024.06.19
2024.06.19
日本のM&A業界においては、大企業向けには投資銀行業界が中心となってFA(ファイナンシャル・アドバイザリー)サービスが提供されてきた一方で、中小企業向けには仲介サービスが提供されてきました。
「FAサービス」と「仲介サービス」。この2つのサービスには、どのような違いがあるのか、特にオーナー経営者が留意すべきポイントを意識しながら、みていきましょう。
中立の立場で売り手と買い手をつなぐ「M&A仲介サービス」
「仲介サービス」(以下、「M&A仲介サービス」)は、中立の立場で売り手と買い手のマッチングを提供するサービスで、双方から仲介手数料を受け取るのが特徴です。
M&A仲介サービスの強みは、まさにマッチングのスピードです。「成約まで最短○ヵ月!」といったM&A仲介の広告を目にしますが、特定の当事者のメリットを考えた支援が難しい分、まさにマッチング力の勝負といえます。
一方で、中立の立場ゆえに、どちらか一方に肩入れした助言を提供することが難しく、機能としては両者の妥協点を探る交渉支援などに限られます。M&Aは取引ですから、売り手にとってメリットがあることは、買い手にとってデメリットであることも多く、中立の立場からは、どちらか一方に肩入れできないというのは弱点といえるかもしれません。
顧客利益を追求する「FAサービス」
対するFA(専属M&Aエージェント)は、M&Aにおいて、特定の顧客の利益を守り、追求する支援を提供するサービスです。顧客の利益追求の対価として報酬をいただくため、取引を行う相手から手数料を取ることはありません。
売り手オーナーの立場からすると、M&Aにおける利益追求とは、主に、下記の3点に整理することができます。
(a)理想のマッチング
(b)理想の売却額
(c)理想の取引条件の追求
FAは、M&Aのすべてのプロセスにおいて、こうした顧客の利益追求を支援します。
ほとんどの売り手オーナーにとってみれば、事業売却は人生に1度きりの大きなイベントです。勝手がわからないことも多く、当然、自らの利益に寄り添って取引を支援してくれる専門家を必要としています。中小企業においては、特に売り手側において、FAの支援ニーズが大きいといえます。
売り手にとっての「M&A仲介サービス」のデメリット
M&A仲介サービスの、「売り手」と「買い手」の双方を支援する構造ゆえに、特に売り手が利用する際には、デメリットが存在します。売り手が仲介サービスを利用する場合に、特に留意すべきポイントをみていきましょう。
条件交渉において、売り手に過度な負担が課されるリスクがある
M&Aにおいては、価格はもちろん、表明保証(※1)をはじめとする、その他の条件交渉も、M&Aの成否を分ける重要な位置付けとなります。しかし、中立の立場で、売り手と買い手の調整を担う役割であるM&A仲介会社は、売り手を守る立場にはありません。
※1売り手、買い手双方が、最終契約の締結日や譲渡日などにおいて、対象企業に関する財務や法務などに関する一定の事項が、真実かつ正確であることを表明し、その内容を保証するもの。
例えば、条件交渉においては、ほぼ間違いなく買い手から厳しい要求が突きつけられます。仲介会社からすると、買い手も大切な顧客ですから、顧客が通したい要求を阻止することはできません。それでは、売り手に対して、「これは過度な要求だから、一度突っぱねましょう」といったアドバイスができるかというと、やはり買い手の手前、難しいのです。
そもそも、M&A仲介会社で準備されている「株式譲渡契約書」などの雛形・テンプレートが、買い手に有利な内容となっています。雛形だからといって、これをそのまま受け入れてしまうと、認識すらしていないところで、売り手が過度なリスクを負担してしまうことに繋がりかねないため、注意が必要です。
最近の事例でも、売り手の表明保証の範囲が、金額、期間ともに無制限になっているなど、売り手の利益が守られていない局面が散見されます。
ルシアンホールディングス事件
まさにこのリスクが顕在化し、警視庁捜査2課が動く事件へと発展したのが、ルシアンホールディングス事件。報道によれば、同社は2021年から2023年までの間に全国37社の買収を行なっています。買収された多くの企業は、M&A仲介サービスからの紹介によるものでした。
買収対象企業の特徴は、「経営不振」であること。報道に基づく、ルシアンホールディングスの手口はこうです。具体的な金額は明らかになっていませんが、おそらくは二束三文の対価で、経営不振企業を買収します。そして、ルシアン社役員が買収先の役員に就任し、業績にそぐわない役員報酬を受領し、買収先の手元資金を吸い上げます。
一方、買収後も何かしら理由をつけては、前オーナー経営者の経営者保証(※2)を解除させません。手元資金が吸い上げられたころには、ルシアン社に連絡がつかず、前オーナー経営者には、会社債務に対する連帯保証だけが残されるといった具合です。
※2 中小企業が金融機関から融資を受ける際、経営者個人が会社の連帯保証人となること
ルシアン社のこうした手口は、経営に苦しんでいる中小企業と、そのオーナー経営者を食い物にする非常に悪質性の高い行為で、決して許されるものではありません。一方で、こうしたトラブルは、本来M&Aを進めるなかで、容易に防げたものともいえます。本件においては、特に、経営者保証の解除をクロージング後、速やかに行わなかったことが、トラブルの大きな要因となっているように思います。
また、中立の立場で売り手と買い手の調整を担う役割であるM&A仲介サービスにおいては、譲渡ストラクチャーについても、売り手にとってメリットのある手法が提案されないリスクがあるため、注意が必要です。
シンプルで時間がかからないことを理由に、株式譲渡しか検討がなされていないケースがありますが、状況によっては、譲渡ストラクチャーを工夫することで、売り手がより多くの手取りを確保できる、あるいは、譲渡後の資産形成や相続対策に活用できるといったメリットを得られるケースがあります。
「M&A仲介サービス」のもう一つのデメリットとは?
買い手の紹介が限られるケースがある
M&A仲介サービスは、買い手からも手数料を徴収するビジネスモデルです。売り手は当然、M&A仲介会社に手数料を支払うことに同意した買い手しか紹介してもらえません。
しかし、案件規模に対して、仲介手数料が高額になるケースなどでは、買い手が投資検討を辞退してしまうことがあります。このようなケースでは、いくら売り手にとって魅力的な買い手候補であっても、紹介を受けることができません。
また、上場会社を中心に、大企業では、利益相反のあるM&A仲介サービスの利用をNGとしているケースがあります。
株主をはじめ、多岐にわたるステークホルダーを抱える大企業では、利益相反のあるM&A仲介サービスを利用し、実行したM&Aが失敗に終わった場合、経営責任を問われるリスクを無視できないためです。売り手が大企業への傘下入りを希望するケースなどでは、こうした背景から大企業へのアプローチができないリスクも理解をしておく必要があります。
なお、上述のような背景で、特定の買い手を紹介できない場合においても、一般的にM&A仲介会社からは「打診したが、関心を示さなかった」という回答しか得られません。
関心を示す可能性が高いと考えていた買い手候補だったにもかかわらず、ろくな回答が得られなかったケースなどでは、具体的に、その買い手候補企業のどの部署の誰に打診をして、どのような回答を得たのか、M&A仲介会社に詳細を確認するべきでしょう。
上述したデメリットのほかにも、仲介サービスにおける利益相反構造を原因としたトラブルや、業界の激しい営業競争に起因したトラブルが問題となるケースも、散見されています。
「自分の利益を代弁してくれる専門家にサポートしてもらいたい」というニーズがある場合、オーナー経営者にとって、M&A仲介サービスは選択肢になり得ません。利益相反のない、ファイナンシャル・アドバイザー(FA)を起用することが有効な選択肢となることは覚えておいていただければと思います。
作田 隆吉
オーナーズ株式会社
代表取締役社長
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