M&Aにおける競業避止義務とは?定める際の注意点も解説
公開日:2026.01.31
2026.01.31
更新日:2026.02.01
2026.02.01
M&Aを検討する売り手オーナーにとって、競業避止義務は契約条項の中でも特に慎重な判断が求められる重要項目です。
事業譲渡・株式譲渡・会社分割といったいずれのスキームにおいても、「売却後にどの事業を、どの地域で、どの期間行えなくなるのか」は、売却後のキャリア設計や再起の選択肢に直接的な影響を及ぼします。
一方で、競業避止義務は単なる売り手側の制約ではありません。適切に設計・合意することで、買い手の不安を軽減し、結果として譲渡価格や取引条件を有利にする交渉材料となるケースも少なくありません。
本記事では、競業避止義務の基本的な考え方から、M&Aにおける位置づけ、スキーム別の違い、そして売り手が契約交渉で押さえるべき実務上の注意点までを、売り手視点で整理して解説します。
競業避止義務とは?
競業避止義務とは、一定の期間・地域・事業範囲において、自己または第三者のために競業行為を行わないことを約束する義務です。主に、M&A契約、雇用契約、役員契約などにおいて規定されます。
特にM&Aにおける競業避止義務は、売り手の行動を制限する重要条項であり、売却後のキャリア設計や再起の選択肢に直接的な影響を及ぼします。そのため、競業避止義務の内容と射程を正しく理解したうえで、契約交渉の段階から実務的かつ戦略的に設計することが売り手にとって重要です。
M&Aにおける競業避止義務
M&Aにおける競業避止義務とは、売り手が事業譲渡・株式譲渡・会社分割等の実行後に、譲渡対象事業と同種または類似の事業を一定範囲で行わないことを約束する義務を指します。
この義務が設けられる理由は、主に次の2点です。
① 買い手の投資価値を守るため
買い手はM&Aを通じて、顧客基盤、ノウハウ、ブランド、人材、取引関係といった無形資産を取得します。しかし、売り手が短期間で同業を開始すれば、顧客や人材が流出し、買い手が想定した価値が毀損するおそれがあります。そのため、競業避止義務はM&A契約における重要条項として設定されます。
② 事業承継の実効性を確保するため
中小企業M&Aでは、売り手オーナーの営業力や人脈が事業の中核であるケースが少なくありません。売却後に同業を開始されると、顧客・取引先が売り手側に戻り、実質的に事業承継が成立しない事態が起こり得ます。競業避止義務は、買い手が安心してM&Aに踏み切るための前提条件となります。
もっとも、競業避止義務は無制限に認められるものではありません。一般に、期間・地域・対象事業が合理的に限定されている必要があります。これらが過度に広い場合、公序良俗に反して無効と判断されるリスクがあります。
従業員・役員への競業避止義務
競業避止義務は売り手オーナーだけでなく、従業員や役員に関しても論点となります。
① 従業員の場合
従業員には在職中の競業避止義務が一定程度認められますが、退職後の競業避止義務は契約で明確に定める必要があります。裁判例上も、職業選択の自由を過度に制限する内容は無効とされる傾向があります。
そのため、売り手企業は、M&Aの局面でキーパーソンとなる従業員について、合理的な範囲(期間・地域・業務範囲)と、必要に応じた代償措置(競業避止手当等)を含めて設計することが実務上重要です。
② 役員の場合
取締役等の役員は在任中、会社法上の忠実義務等を負いますが、退任後の競業避止義務が当然に課されるわけではありません。そのためM&Aでは、株式譲渡契約や役員退任契約等の中で、退任後の競業避止義務を明確に規定するのが一般的です。
特に売り手オーナーが役員である場合、退任後の行動制限が自身の生活・キャリアに直結します。期間・地域・対象事業の限定、例外(投資・顧問等)の扱い、違反時の効果(損害賠償・差止・違約金)まで含めて、慎重な交渉が不可欠です。
M&Aのスキーム別の競業避止義務規定
競業避止義務の内容は、M&Aのスキーム(事業譲渡・株式譲渡・会社分割)によって実務上大きく異なります。
売り手は、どのスキームを選択するかによって、売却後に許容される行動範囲が変わることを理解したうえで、スキーム選択および契約交渉を行う必要があります。
事業譲渡の場合
事業譲渡とは、会社の一部または全部の事業を切り出して第三者に譲渡するスキームです。 この場合、事業を譲渡した売主(事業譲渡人)については、会社法21条に基づき、譲渡した事業と同一の事業について、原則として法定の競業避止義務が課されます。
具体的には、譲渡した事業と同一の事業について、同一の市町村および隣接する市町村の区域内において、原則として20年間(特約により最長30年まで)競業が制限されます。これらは会社法上定められた競業避止義務の射程および期間の上限です。
もっとも、実務においては、事業譲渡後の売主の事業展開の自由と、譲受側におけるのれん・顧客基盤・人材・ノウハウ等の保護とのバランスを踏まえ、法定の競業避止義務を前提に、あるいはこれとは別に、事業譲渡契約において競業避止条項を設け、その具体的内容を調整・明確化することが一般的です。売り手にとっての主な実務上のポイントは以下のとおりです。
・対象事業:会社法上の競業避止義務の基本的な射程は「譲渡した事業と同一の事業」であるため、契約上は、対象となる製品・サービス、顧客層、取引チャネル等を具体的に定義し、将来の解釈を巡る紛争を防止する
・地域:法定上の基本は「同一市町村および隣接市町村」であるが、実際の事業実態を踏まえ、拠点、商圏、オンライン取引の有無等を考慮した地理的範囲を契約で具体化し、必要最小限の範囲に調整する
・期間:法定上は原則20年(特約により最長30年)を上限としつつ、実務上は取引の性質や譲受側の保護に必要な範囲を考慮し、より短い期間を設定することも多い
事業譲渡では、会社自体は存続し、譲渡対象事業と非譲渡事業が明確に区分されます。そのため売主としては、譲渡後も継続する既存事業や将来の新規事業に不当な制約が及ばないよう、会社法上の競業避止義務の射程(同一事業・地域・期間)を正確に踏まえたうえで、契約条項における定義や例外(許容行為)を戦略的に設計することが重要となります。
株式譲渡の場合
株式譲渡とは、会社の株式を買い手に譲渡することにより、会社の支配権そのものを移転するスキームです。
このスキームにおいて重要な点は、事業譲渡とは異なり、会社法21条に基づく法定の競業避止義務は原則として発生しない一方で、実務上は、契約により極めて強い競業避止義務が課されるケースが多いという点にあります。これは、株式譲渡では会社の同一性が維持され、法定の競業避止規制が予定されていないためです。
株式譲渡において、買い手は「特定の事業」ではなく、会社全体の価値――すなわち、事業、人材、顧客、ブランド、将来の成長可能性を含む企業価値そのもの――を取得します。そのため、売主(特にオーナー経営者)が同業分野で再度活動することについて、買い手は強い警戒感を抱くのが通常です。
この結果、競業避止義務は、
・対象事業:会社が営んでいた事業全体
・対象者:会社に限られず、売主個人(オーナー)やその関係者
・期間:3〜5年程度(案件によってはそれ以上)
といった形で、事業譲渡と比較して、より広範かつ厳格に設定されやすい傾向があります。
売主が特に注意すべき点は、「会社を売却しただけであり、自分個人は自由に活動できる」と誤解しやすいことです。実務上は、
・同業分野での起業
・同業他社への出資
・役員、顧問、アドバイザー等としての関与
・ファンドや第三者を通じた間接的な関与
といった行為についても、形式を問わず競業に該当すると定義される条項が設けられることは珍しくありません。
株式譲渡後に、同業分野での再チャレンジ、投資活動、顧問就任等を少しでも想定している場合には、
「競業避止義務を受け入れるか否か」という二択ではなく、「どこまでであれば将来の選択肢を残せるのか」という視点から、
・競業の定義
・例外として許容される行為の明確化
・期間や地域の合理的な限定
を、譲渡条件(価格・スキーム等)と同じ重要度で交渉することが不可欠です。
株式譲渡は、競業避止義務が契約次第で最も重くなり得るスキームであるという認識を、売主は強く持つ必要があります。
会社分割の場合
会社分割とは、会社の一部事業を、新設会社または既存会社に承継させることにより、事業単位で組織再編を行うスキームです。
事業譲渡と同様に「事業単位」での再編ではあるものの、会社分割については、会社法上、事業譲渡(会社法21条)のように競業避止義務を定めた明文規定は置かれていません。これは、会社分割が包括承継を前提とする制度であり、法定の競業規制を予定していないためです。
そのため、会社分割における競業避止義務は、原則として契約(分割計画、吸収分割契約等)に基づいて設定されることになりますが、実務上は、分割対象事業の価値や継続性を保護する観点から、一定の競業制限が設けられるケースが一般的です。
売主(分割会社)にとっての主な特徴は、以下の点にあります。
・会社自体が存続するため、分割対象外の事業については、引き続き自ら経営・展開することができる
・競業避止義務は、契約上も、分割対象事業と同一または実質的に競合する事業に限定して設計されることが多い
・株式譲渡と比較すると、売主個人にまで広範な競業避止義務が及ぶケースは相対的に少ない
一方で注意すべき点として、
「分割対象事業と分割対象外事業の線引きが曖昧な場合」や、
「技術、顧客、人材等が共通している場合」には、
当初の想定以上に競業範囲が広く解釈され、実質的な競業制限が及ぶリスクがあります。
そのため、会社分割を選択する場合であっても、
・分割対象事業の具体的な定義
・分割後も継続する事業内容の明確化
・相互に許容される行為(顧客対応、人材移動、新規事業等)の整理
を、契約上できる限り具体的に定めておくことが重要です。
会社分割は、競業避止義務を比較的コントロールしやすいスキームである一方で、その設計を誤ると、想定外に重い制約を受けかねないスキームでもあります。この点を十分に理解したうえで、慎重に制度設計を行う必要があります。
M&Aにて競業避止義務を定める際の注意点
売り手として競業避止義務を受け入れる際には、売却後の行動制限がどこまで及ぶのかを具体的に把握したうえで、各要素を慎重に検討する必要があります。
競業避止義務は一度合意すると後から修正することが困難なため、契約締結前の段階での詰めが極めて重要です。
適用範囲を明確化する
競業避止義務は、対象事業・地域・行為内容を明確に限定すべき条項です。
例えば、以下のような整理が考えられます。
・「同業一切を禁止」ではなく、「譲渡対象事業と同一または競合する事業」に限定
・「全国一律」ではなく、「実際の営業エリア」に限定
規定が抽象的・包括的であるほど、後に「競業に当たるか否か」を巡る解釈の余地が生まれ、紛争リスクが高まります。
売り手は、「どの行為が禁止され、どこからが自由なのか」が明確に分かる表現を契約書に落とし込むことを求めるべきです。
適切な期間を設定する
競業避止義務の期間は、実務上3〜5年程度が一般的な目安とされています。これを超える長期間の制限は、合理性を欠くとして無効と判断されるリスクが高まります。
期間を検討する際には、以下の観点を踏まえる必要があります。
・譲渡対象事業のライフサイクル
・業界の競争環境や技術革新のスピード
・売り手自身の将来的なキャリアや再起計画
買い手の安心感だけを優先して長期の競業避止義務を受け入れるのではなく、自らの将来選択肢を確保できる期間かどうかという視点で交渉することが重要です。
従業員や取締役への規定を確認する
競業避止義務は、売り手オーナーだけでなく、キーパーソンとなる従業員や取締役にも課されることがあります。
この点が不明確なままM&Aを進めると、売却後に人材流出が発生し、買い手とのトラブルに発展する可能性があります。
そのため、事前に以下の点を整理しておく必要があります。
・誰に競業避止義務が課されるのか
・その内容や期間が合理的な範囲に収まっているか
特に従業員については、退職後の競業避止義務が過度である場合、無効と判断される可能性が高いため注意が必要です。
独占禁止法の抵触に注意する
競業避止義務が過度に広範な内容となる場合、独占禁止法上の競争制限や公序良俗に抵触し、全部又は一部が無効と判断される可能性があります。
特に、以下のようなケースではリスクが高まります。
・期間が必要以上に長い
・地域が実態と乖離して広すぎる
・対象事業が譲渡範囲を超えて広く設定されている
競業避止義務は、あくまで買い手の正当な利益(のれん・顧客基盤・事業価値等)を保護するために必要な範囲に限定されるべきものであり、売り手に対して過度な職業選択の自由の制限を課す内容は、法的に正当化されません。
そのため売り手としては、条件面で有利か不利かという観点だけでなく、当該競業避止条項が法的に有効と評価され得る内容かどうかという視点からも、期間・地域・対象事業の合理性を慎重に確認する必要があります。
まとめ
M&Aにおける競業避止義務は、買い手が取得した事業価値を守るために不可欠な条項です。一方で、その内容次第では、売り手の売却後のキャリアや事業活動を大きく制約する要因にもなります。
競業避止義務の扱いは、M&Aのスキームによって異なり、範囲・期間・地域はいずれも合理的に限定されるべきものです。過度な制限は無効と判断される可能性がある点も理解しておく必要があります。
売り手オーナーは、競業避止義務を形式的な条項として受け流すのではなく、売却後の人生設計まで見据えた交渉テーマとして位置づけるべきです。
専門家の助言を得ながら、自身が納得できる条件で合意することが、後悔のないM&Aを実現する重要なポイントとなります。
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