M&A のプロセス
一般的な
ここでは、譲渡企業オーナーの譲渡の意思決定を起点にプロセスが進行するケースを想定します。
1
事前準備
- 譲渡戦略の策定
-
- 譲渡先
- 譲渡ストラクチャー
- 譲渡スケジュール
- バリュエーション検討
- 資料準備
-
- ティーザー、インフォメーション、メモランダム(IM)
- デューデリジェンス資料
2
初期コンタクト・
NDA締結
- 投資家へのアプローチ
-
- ティーザー展開
- NDA締結
- 案件情報開示(含むIM、財務モデル)
- トップ面談
3
意向表明・
基本合意
- 意向表明・基本合意
-
- 譲受候補企業からのオファーの比較検討
- DDへ進む投資家の選定
4
デューデリジェンス
契約交渉
- デューデリジェンス受入れ
-
- ビジネス面での調査
- 専門家(弁護士、会計士、税理士等)による調査
- 株式譲渡契約等のドラフト作成、展開
- 条件交渉
5
契約締結・
クロージング
- 契約締結
-
- 調印手続
- クロージング実行
-
- クロージング要件の充足対応
- クロージング調整(該当ある場合)
6
引き継ぎ
- 引き継ぎ
-
- 社内外へのアナウンス
- 専新役員の選任
- 役員退職慰労金の支払
事前準備・候補企業への初期コンタクト
売却戦略の策定
第三者への事業の譲渡方針を固めたら、具体的な譲渡戦略を策定します。
まず、譲渡先の候補となる企業の特定・分析を行います。関心を示しそうな企業はどのような会社か、譲渡する事業にとって望ましい譲渡先はどのような会社か、譲渡企業のオーナーとして希望する条件を満たしてくれそうなのはどのような相手か、といった多面的な検討から、譲渡先候補企業を優先順位ごとに並べたロングリストを作成します。
譲渡の目的を満たすストラクチャーの検討や、譲渡完了に至るまでの全体のスケジュールについても事前準備の段階で検討します。
また、買い手からみた対象事業の価値はどの程度か、初期的な分析を実施します。会計処理や一時的な損益項目が損益実績に与えている影響を検討し、対象事業の実力と損益実績に大きな乖離が生じていないか分析を行います。こうした影響を、事前に買い手の立場から納得のいく形で整理をし、適切に情報発信をしていくことがより有利な条件での取引に繋がります。
資料準備
譲渡戦略の策定と並行して、候補企業へ開示する資料の準備を進めます。
M&Aプロセスの初期に候補企業に対して開示する資料には、匿名の企業概要書(ティーザー)、インフォメーション・メモランダム(IM)があります。
最初に候補企業へアプローチする段階では、ロングリストに記載した複数の候補企業に対して、初期的な関心の有無をヒアリングしていくことになります。その際に開示する案件情報としては、匿名の企業概要書(ティーザー)が使われることが一般的です。通常ティーザーは1-2枚の構成で、対象事業を特定できない程度の事業内容・特徴、売上高、利益などの情報、想定するM&Aの取引概要などが記載されます。英語のtease(じらす)が語源となっているもので、情報を明らかにせずに候補企業の注意を引く目的で展開するものです。ノンネーム概要書と呼ばれる場合もあります。匿名のティーザーを用いてエージェントや仲介業者を介して候補企業にアプローチすることで、初期的な関心の有無を確認する目的を達成すると同時に、情報漏洩のリスクを低くすることが可能になります。
メモランダム(IM)
初期的な関心を示した候補企業に対しては、秘密保持契約(NDA)締結後にIMを開示します。IMは対象事業の魅力を伝え、想定するバリュエーションをサポートすることが主な目的で、通常以下のような内容が含まれ、数十ページに及びます。
対象事業の魅力
想定する取引スキーム
会社概要(経営陣、沿革、資本構成、組織体制、人員構成、拠点など)
事業概要(顧客基盤、製品・サービスラインナップ、競争環境、対象事業の強みなど)
成長戦略(中期計画の概要、計画における成長戦略・施策、事業計画における重要な前提条件等)
財務情報(過去実績・計画数値、地域別・製品別売上高のサマリーなど)
IMをベースに候補企業とコミュニケーションを進めることで候補企業への効率的な情報提供を行うとともに、価格目線の合意形成を加速することが可能になります。中小企業のM&Aにおいては、レポートの形式を取らず、関連するデータがパッケージで提供されるケースも多いです。
その他、プロセスが進んだ場合にデューデリジェンスの一環で候補企業から開示を要求される可能性の高い資料についても、事前に準備を進めておくことでスムーズなプロセス進行が可能となります。
トップ面談
IMで開示した情報に基づき、本格的に関心を示した候補企業とトップ面談を実施します。経営理念や企業文化、譲渡後の運営方針などについてお互いの理解を深めます。このトップ面談は、価格などの条件交渉を目的としたものではなく、M&Aの取引相手を深く理解する目的であることが一般的です。
タイミングとしては、買い手による意向表明の前後であることが一般的です。
意向表明・基本合意
対象事業を譲受ける方針を決定した譲受企業は、譲渡企業に対してその意向を表明します。意向表明書には、譲受企業が想定する譲渡価格の水準やその他取引の前提となる条件、取引後の対象会社の運用方針などが記載されます。相対取引に進む場合には、独占交渉権が定められることもあります。譲渡企業は、その意向と諸条件を検討し、受け入れ(基本合意)可能かを判断します。
基本合意の目的
譲渡企業においては、後述するデューデリジェンスのプロセスにおいて、自社の秘匿性の高い内部情報が譲受企業に対して開示されることになります。したがって、デューデリジェンスを受け入れる前に納得感の得られる取引条件であることを確認しておくことは非常に重要です。入札手続において複数の候補先から意向表明の提出を得られる場合においては、最も条件の良い数社のみをデューデリジェンスに進めることで、競争環境を維持しつつ、情報漏洩のリスクを低減することが可能となります。
一方、譲受企業においては、デューデリジェンスには専門家の起用などの費用負担や多大な労力が生じることになります。入札案件において競り負けてしまったケースにおいても、その費用は返還されるものではありません。譲受企業は独占交渉権を要求することで、そうしたリスクを遮断しようと試みます。
基本合意の法的拘束力
基本合意においては守秘義務、独占交渉権など、今後の交渉の枠組みにかかわる規定には法的拘束力を持たせますが、それ以外の譲渡価格やその他取引条件などの条項については法的拘束力を持たせない形が一般的です。譲受企業としては、デューデリジェンスのプロセスにおいて十分な情報開示がなされる前に、法的拘束力を持つ条件提示を行うのは不可能で、基本合意で提示された条件は、デューデリジェンスの結果を反映して最終契約に至る過程において修正されることになります。
デューデリジェンス
譲渡企業と譲受企業との間で基本合意がなされると、デューデリジェンスのプロセスに進みます。
M&Aにおいては、必然的に譲渡企業と譲受企業との間に大きな情報の非対称性が存在します。この情報の非対称性を可能な限り解消するために譲受企業が実施する対象事業の調査が、デューデリジェンスです。
デューデリジェンスの目的は、主に以下のようなものが挙げられます。
- 自社のM&A戦略に合致した事業かどうかを検討する
- 定量化可能なデューデリジェンスの発見事項を、譲受価格へ反映する
- 定量化できないデューデリジェンスの発見事項を、譲渡契約書の条件へ反映し、リスクを遮断する
- M&Aの目的を達成するためのストラクチャーを検討する
- M&A実行後に必要な対応を明確化し、統合計画に反映させる
譲受企業は、財務・会計、税務、法務等の専門家を起用してデューデリジェンスを実施します。案件における重要性によって人事、環境、ITなど、デューデリジェンスの範囲は変動します。一般的にデューデリジェンスに要するプロセスは数週間から1-2ヶ月程度ですが、中小企業のM&A案件においては重点項目に絞って1-2週間で実施されているケースが多いです。
譲渡企業においては、スムーズなデューデリジェンスの実施に必要なキーマンに対して、このタイミングでM&Aの事実を共有することがあります。キーマンの協力によってプロセスの進行は大きく影響を受けますので、M&Aがポジティブに伝わるよう、伝え方には細心の注意を払う必要があります。
契約交渉・締結
未上場会社のM&Aにおいては友好的なM&Aが前提となりますが、友好的なM&Aにおいても、条件の交渉においては譲渡企業・譲受企業の利害が真っ向から対立します。関係に亀裂を入れずに交渉を円滑に進めるためには、第三者による代理交渉が有効なケースもあります。
契約交渉・締結における代表的な論点は以下の通りです。
-
譲渡価格
デューデリジェンスで発見された定量化可能な事項を、譲受価格へ反映させます。譲渡価格の合意形成が難しい場合には、将来(通常1-3年程度)におけるKPIの達成状況などに応じて、追加の対価支払いを定義するアーンアウトの設定などが検討されるケースもあります。アーンアウトの設定において使用されるKPIは、純利益、売上高、営業利益、EBITDAなど様々です。
-
契約条件
定量化できないデューデリジェンスの発見事項を、契約条件に反映させます。
代表的な発見事項に対する対応としては、
発見事項に対する譲渡企業の対応の完了をクロージング条件とする(例:許認可対応の完了、重要な取引先、役員・従業員からの同意確認など)
譲渡企業が、一定の時点における一定の事実・権利関係の存在・不存在を表明し、その内容が真実であることを保証する(例:未払残業代、訴訟債務等の債務の不存在の確認など)
などが挙げられます。
クロージング
M&Aにおけるクロージングとは、最終契約書に基づいてM&A取引が実行され、対象となる株式・事業の引渡しと、譲渡代金の支払いにより、経営権の移転が完了することを指します。
株式譲渡であれば、株式の引渡しと対価の支払いによって完了するため、比較的手続きはシンプルです。他方で、事業譲渡においては、移管される資産・負債、許認可などの権利義務について個別に移管手続を行う必要があるため、クロージングには時間を要します。
中小企業におけるM&Aで一般的な株式譲渡を例に取った、最終契約の締結からクロージングまでの流れは以下の通りです。
-
譲渡契約締結
調印手続
-
クロージング条件の充足
クロージング条件の充足
- 役員に対する貸付金・借入金の精算
- 重要な役員・従業員の同意書の取得
- 重要な取引先からの取引継続に関する同意の取得
- 許認可の取得
- 非事業用資産の売却など
- 意思決定機関における決議
-
クロージング手続の実行
クロージング手続の実行
- クロージング条件の充足を証明する書類の確認
- 株主名簿の書き換え
- 譲渡代金の支払い
- 会社実印、印鑑登録カード、キャッシュカード、
クレジットカードなどの引き渡し
最終契約を締結した後は、譲渡企業側でM&A契約の前提条件を充足するための対応を行います。充足すべき内容は案件によって様々ですが、代表的なところですと、役員に対する貸付金・借入金の返済、重要な役員・従業員の継続勤務に関する同意書の取得、重要な取引先からの契約承継に関する同意、業法上の許認可の取得、非事業用資産の売却などが挙げられます。
また、譲渡企業において、株式の譲渡に関する承認決議を行います。株式譲渡によるM&Aのケースにおいて、取締役会が設置されていない場合は株主総会普通決議、取締役会が設置されている場合は取締役会決議で承認決議を行うケースが一般的です。ただし、株主総会決議と定めることも選択可能であるため、個別に状況を確認する必要があります。
クロージング条件のすべてが整ったことを受けて、譲渡対価の決済および株券や会社代表印の引渡しが行われます。
クロージング条件の充足対応に時間を要することも多いため、最終契約日からクロージング日までに一定期間設けることも多くありますが、契約日までにクロージング条件の充足を完了できる場合やなどにおいては、契約日と同時にクロージングを実施する場合もございます。
クロージング日においては、当事者間で、M&Aの実行・完了のために必要な書類の有効性・適格性の確認、書類の署名・押印確認などが行われます。具体的には、以下の書類の確認が行われます。
-
譲渡企業において、譲渡に必要な決議が行われていることの確認
-株式の譲渡承認請求・
譲渡承認通知
-株式譲渡を承認する株主総会議事録又は取締役会議事録 - 株主名簿名義書換請求書(新・旧株主連名)
- 譲渡企業の株主名簿(旧株主のものと新株主のもの)
- 取締役、監査役等の役員の辞任届(該当ある場合)
- そのほか、クロージング条件を満たしたことを証する書面(必要に応じて)
なお、株式発行会社において、そもそも株券の現物を発行していなかったり、手元に揃わないなどの状況がある場合には、クロージングを実行することができないため、クロージングに先んじて株券不発行会社へ移行しておく必要があります。
上記の全ての確認が終わると、株主名簿の名義書換手続と、それに対する譲渡代金の支払いが行われます。譲受企業へ対象会社の実印、印鑑登録カード、キャッシュカード、クレジットカード、オフィス・金庫の鍵等の引き渡しも同時に行われます。
譲受企業では、別途、新役員の選任及び旧役員への退職慰労金の支給に関する決議を行い、新体制への引き継ぎを進めます。
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